読後感のすっきりしないサスペンス
青いリボンが繋ぐ2人
場所は違えど児童養護施設で高校まで育った晴美と、預けられたけれども早いうちに養父母に引き取られた陽子の2人の語り言葉で、この物語は書かれている。
捨てられていたとは言え、赤ちゃんのうちから養父母に引き取られ何不自由なく育った陽子と、高校卒業まで施設で暮らした晴美とは少しその生き方は違うのではと思ったけれども、二人はまるで姉妹のような関係だ。新聞記者として働きしっかりしているように見える晴美に比べ、どこかしらおっとりしており国会議員の妻となっている陽子は性格もまるで正反対なように思ったけれど、ルーツがわからないということは共通しているし、その上「境遇」というタイトルなのだから、なぜそこまで仲良くなったのかその辺の疑問も読んでいくにつれ詳しくわかっていくことなのかなと思い読み始めたけれど、その疑問は最後まで違和感として残ってしまった。
この物語は、晴美が持つ唯一の母親とのつながりである「青いリボン」がこの物語の肝ともなっている。母親が晴美を施設に託したときに手紙と一緒に添えられていたリボン、1メートルかそこらしかないそのリボンを陽子との友情の証として切り分ける場面は、きれいすぎて若干青臭い表現なようにも感じたけれど、とてもよく出来ていると思った。このリボンが2人の文字通り絆なのだろうということもよく分かる。
そのリボンを元に陽子が書いた絵本がベストセラーになることで、思いがけなく注目され、思いがけない展開を見せていくところは、湊かなえらしいドロドロ感もあり、よくできたストーリーだと思う。
ただところどころ先が読めたり、湊かなえ作品の中で時々感じるパターンのようなものも感じてしまったのも事実だ。
陽子の語り
陽子の語りは湊かなえ作品ではよく見る口調だ。ですます調で丁寧ながらもどこかしら気弱で自信なさげで、卑屈におどおどしているようにも感じる。反面、突然見せる気の強さもある。それは内心は自分がいつでも正しいと思っている者が見せるそれのように思え、陽子の性格は最後まであまりよくわからなかった。
彼女の語り口調は、「物語のおわり」の絵美にも似ているし、この口調をもっとお高く気取らせれば「母性」の母親にもなりうる。「母性」の母親は置いといて、「物語のおわり」の絵美は、持つものの幸せを気づいてさえいない無邪気な傲慢さとも言うようなものが垣間見られ、彼女も最後まで好きになることができなかった。
陽子も子供を誘拐されながらもいつまでも後援会の後藤に頭が上がらないところや、夫の秘書である亜紀に子供の送り迎えをまかせてながらも、連絡がないなら自ら電話してもいいのではないかとか、ところどころ気が弱いだけではすまないようなダメさを感じる。
絵本作家として成功を収めつつも、どこかしら色々なことから逃げようとしているような感じや、すぐに誰かに頼ろうとする受身な態度が、個人的にはどうもイライラしてしまった。
もちろん二代続く政治家の嫁にルーツがわからない自分がなるというのは相当なプレッシャーがあると思う。しかし夫は読む限り限りなく陽子の味方であるのに、そこからも逃げて晴美のところに行こうとする気持ちが母親離れしていない子供を想像させ、あまりいい気がしなかった。
そんな彼女がそれこそ根拠もなにもない、自分が「樅の木町殺人事件」の加害者の子供だということをあのようなテレビの場で堂々と発表できるだろうか。離婚を心に決め、子供を人質にとられたからこそ土壇場の強さが出たのかもしれないが、どうにもそんなことができそうにない印象だったので、あまりリアリティを感じなかったところだ。
登場人物は性格に一本柱がないとどうにも違和感を感じてしまう。この人がこんなことを言うだろうかとか、こんなことをするだろうかとか、そういう違和感を感じさせるブレは、ストーリー上あってはならないことの最低限のことだと思う(それは映画にもよく思うことでもある)。だからこそ陽子の性格が最後までわからなかったのもあるし、彼女のことをあまり好きにもなれなかったのだと思う。
晴美の語り
陽子の語りとは違い、ハキハキと話す印象の彼女だけれど、養護施設で育ったということが相当な負い目になっているように感じる。そう感じさせないためにあえて強気で仕事をバリバリとこなしている印象がある。不倫相手の恋人が養護施設出身の子供を不用意に揶揄したことで問答無用で相手をたたきだしたところでもそれを感じる。それはもしかしたら晴美の持っているプライドの根源なのかもしれないと思った。
晴美に頼り、夫に頼りという陽子とは違い、晴美は全て一人で背負い一人で生きている。個人的にはその潔さや強さをいちいち陽子と比べてしまって、余計晴美の性格の気持ちよさが際立ったのかもしれない。
子供を誘拐されいつもよりも頭が回っていない陽子に比べ、晴美はテキパキとやるべきことを指示する。もちろんそれは今思えば当たり前なのだけど、晴美だって内心陽子に対してイライラしているような感じもあるのに、どうしてここまで面倒を見るのかと思ったくらいだ。姉妹のような関係だからこそついつい面倒は見てしまうけれども、だからこそ不公平さを感じ、彼女は犯行に及んだのだろうか。
ただ晴美が犯人ではないかということは比較的早めに察することができる。陽子からの緊急の呼び出しに応じた晴美だけれど、やたら“客人”のことを気にしていたからだ。あれは伏線だとしても、ちょっと早すぎるのではないかと思ったところだ。
よくわからないままうまく纏め上げられたような印象のラスト
夫である正紀を告発した彼の親友である岩崎さんのこととか、結果的には陽子に正紀を奪われた形になった亜紀の背景とか、なんとなく語りが足りないような物足りなさの中、感動的に物語は収束していく。比較的早めに犯人だろうと予想していた晴美が意外にも加害者側だったとか、そういうラストでの大どんでん返しはいいのだけれど、どうも無理やり終わらせたような感じがあった。
そう感じた場面のひとつで、晴美が罪を陽子に告白していく場面で、「陽子は真実を隠そうとする子じゃない」というセリフがある。それも今までの歯切れの悪い陽子の描写とはかけ離れていて、どうも晴美が感じている陽子と私が感じている陽子には違いがあるように思え、なんだかなあと思うところだった。
また被害者の子供のつもりで陽子を陥れた晴美が実は加害者側だったことで一気に優位に立った陽子だけど、ここでもなにかよい人を演技しているように思えてならない。
「同じ境遇だから仲良くなれたのだろうか」という言葉が何度も出てくるけれど、晴美はともかく、やはり陽子は境遇はあまり関係がないように思える。多感な時期を施設で育った晴美とこの間まで自分が養子ということさえ知らなかった陽子とでは、同じ「境遇」とするにはいささか乱暴にも思えたのだ。前述したように、読み始めてすぐにその違和感はあったけれど、読んでいくうちに新たな発見があり理解できると思っていた。でもその疑問は最後まで疑問のまま終わってしまった。
そういったいくつかの小さな違和感を抱えつつ、なんとなく感動的に物語は終わる。でも読後感はもう一つすっきりしないものだった。
しおり紐の秘密
この「境遇」のしおり紐は青いものが2本ついている。どうして2本なのか一瞬首を捻ったのだけど(陽子と晴美の語りを交互にしおりを挟めるようにの配慮なのかなとかも思った)、恐らく晴美が半分に切った青いリボンを象徴してこうしているのだろう。
物語自体はもうひとつだったけれど、このちょっとしたイタズラ心というか遊び心というか、そういうものはなにかとても心に残った。時間がたってストーリーは忘れてしまっても、このしおり紐のことは覚えているのかもしれない。
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