「魔王」という題名に負けている
最後に期待したのに…
伊坂幸太郎の作品はどれも後読感が良くて、なるほど!と納得させられる作品が多いのだけれど、この「魔王」に関してはそうではなかった。私にとっては期待はずれの作品でした。結局のところ何が言いたいのか、全くわからない。物語を執筆する前に書く自分自身の中で構想をねるために書いた物としか思えなかった。読者に疑問ばかりを投げかけて、それに対して作者は何も答えてはくれない丸投げ状態となっている。例えば、犬養は結局どんな存在なのかを記していない。悪の政治家なのか、善の政治家なのか?それとも、超能力者なのか、わかっていないくせに、思わせぶりな表現して作品を終わらせてしまっている。主人公の安藤の存在も中途半端。超能力があるのかないのかで、こんなに枚数を使って説明しなくてもいいだろうと思う。どんな意図を持って書こうとしたのかが、わからない作品は読んでいてストレスがたまってしまった。
詩に若者は共感しない
犬養の読み上げる宮沢賢治の詩に、若者達が共感したり、大衆の心に響くと描かれているが、それは違うだろうと思う。若者にとって詩という存在がそれほどまでに、影響を与えるとは到底ありえない。もしも、影響を与えるのであたったら、子供の頃から見続けているアニメとか歌とか映画とか、そういう部門だと思う。宮沢賢治の詩を持ってきて置かれても、何も感動しない。第一、その詩に対して失礼ではないかとも感じる。詩は作者の心情を表わし、心の奥底にある深い部分だと思うのだけれど、宮沢賢治の詩が「魔王」のどの部分に共感し、共鳴しているか私には全くわからなかった。有名な詩人の詩を挿入するといったてっとり早い手法ではなく、作者自身が、この場面とストーリーで詩を作った方が良かった。
冒頭は惹きつけられる
「魔王」の作品は期待はずれだったが、冒頭の書き出し部分は、読みやすく惹きつけられる文章になっていた。老人が発する声とそのいきさつが時間を交差させており、理解するのが難しいけれども、文章と構成がしっかりしているので、迷うことなくスムーズに理解することができた。作者である伊坂幸太郎の力だろうと思う。また、安藤の念力によって発する言葉が、相手にとって適格でとてもおもしろかった。老人が座っている若者に対しての台詞「偉そうに座ってんじゃねえぞ、てめえは王様かっつうの。ばーか」は私のお気に入りの台詞になりそうだ。また、課長に言い放った「責任取らねえ上司の何が上司だ」も気の利いた台詞だと思う。ただし、その後の上司と平田さんとの関係が、良かったことや、上司が精神的な病に陥ってしまった事はこの流れからいって考えられない。
先を見越した第9条の問題はさすが!
伊坂幸太郎が「魔王」を出版したのは、2008年。だとすると、東日本大震災から3年以上は前になるといことだ。つい最近、第9条の事について、国民が集結したり世間を騒がせたのを覚えているが、伊坂幸太郎はこれほどまでも前に、第9条の事の着目していたのかと驚かされる。やっぱり小説家というのは、先見の目があるのかも知れない。この物語の中で第9条についてなんらかの結果や評価が見てとれないのは残念だが、この時期に着目した作者はさすがだと思う。
仲の良すぎる兄弟に違和感
両親を亡くした二人の安藤兄弟。という事で仲が良いのはわかるけれど、私にはなんだかこの兄弟は仲が良すぎて兄弟らしくないと、感じてしまった。弟の恋人を含め潤也の全てを受け入れて仲良く暮らしているなんて、本当にあるのだろうか?兄弟だからといって、お互いに理解できない所はあるだろうし、自分の知らない兄貴や弟がいてあたり前だと思う。完璧すぎる仲良し安藤兄弟には、リアルな感情が抜け落ちている。
題名「魔王」は的外れ
どう考えても「魔王」の題名がどうして付けられたのかがわからなかった。特に魔王と刺す人物は一体だれなのだろうか?最初だと犬養かと思っていたのだけれど、この作品の中での犬養は謎だらけで、どのような人物かわかが全く描かれていない。犬養の側で守りを固めているマスターも、魔王と呼べる存在なのかも知れないが、あまりにも脇役過ぎる。となると、主人公の安藤が超能力を持った魔王となるのだが、中途半端な出来事で死んでしまうので魔王とは言えなくなってしまった。
伊坂幸太郎の「モダンタイムス」は魔王の続編と思わせる作品との呼び声が高いので「モダンタイムス」を読めば、もしかして魔王の正体がわかるのかも知れない。しかし「魔王」いう作品名なのだから、内容も魔王を感じさせなければ意味はないと思う。
あとがきに「モダンタイムス」
作品のあとがきに、「モダンタイムス」が「魔王」に関連する本だと記されている。「呼吸」のその後に興味ある方はモダンタイムスを読むと「魔王」の答えがわかるかもしれないと…。
私はその事を知らずに「モダンタイムス」をすでに読んでいた。「モダンタイムス」は「魔王」を読んでいなくても十分に楽しめる作品。それを思うと「魔王」という作品の意味はあまりないような気がしてならない。
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