まるでアジア屋台の麺類の読み味
目次
少し楽しく再読できる豆知識
2010年の作品、2本目の短編、野生時代2008~2010に掲載。ただし「風船の落下」は書き下ろしだ。
西加奈子はインタビュー番組(NHK:SWITCHインタビュー 達人達)で「おかっぱの女の子と三つ編みの女の子が自分の新しい何かに向かって走っているところが浮かんで、場面をつなげていった」と、表題作「炎上する君」の1場面を語っている。彼女は過去には頭に浮かんだ場面から物語を紡いでいくことが多かったようで、小説家としては文字や文章が浮かぶようになりたいと思っていたらしい。2014年の「サラバ!」で「初めて文字が浮かんだ」とやはり前述のインタビューで語っている。
得意の「あかん人」がどうにか再生に向かう作風、短編でも健在
8作収録中「トロフィーワイフ」以外はダメダメなキャラ=西加奈子の表現で言えば「あかん人」がきっかけをつかんで自分なりに生きていくという、これまでに何度も描いてきたスタイルの話が多い。ある意味得意分野のみで勝負しており、2007年の「しずく」よりも軽いタッチのものが多かったように思う。その変化はメリットとしてサクっと読めて元気が出る、寝る前に1本ずつ軽く読める、といったところか。ただし逆説的になるが「しずく」に収録された「灰皿」や「しずく」ほどには舞台設定に凝ったものは少ない。6作収録の「しずく」の方が感動は大きかった。作者か編集者がそれを気にしたのかは分からないが書き下ろしの「風船の落下」は唯一読み応えがあるようだ。この話は自分なりに本短編集の中でベストの出来と思っているので感想を後述する。
リズム体小説への挑戦、「太陽の上」「甘い果実」
この2作は最初は発想の奇抜さと読み味の良さ以外に見るところが無いようでちょっと残念にも思った。しかし何度か読み返すうちに女将さんの喘ぎ声やマンゴーが転がる「ロロロロ」という音でリズムを取っており、「音楽と文学の共存」的な事を目指しているのかもしれない、という考えに至った。以前、西加奈子自身がリズムにこだわっている、と話していた記憶があり、出典を探すとほどなく見つかった。本の雑誌社の「作家の読書道」というインタビュー記事だ。これによれば中高生のころに遠藤周作にあこがれを持っていたらしく、遠藤氏が「書いたらテープに吹き込んでいって、リズムのおかしなところを直す」「うちもすごいリズムにこだわって書いてる」というコメントが見られる。本作はまさにそのリスペクトを込めた作品かもしれない。デビューから6年が経過し、手慣れた作風とテーマの中でこそ技としての文章を生み出すことを試せたのだろう。音楽のアルバム構成で言えば歌詞が表す作品世界よりもベースやドラムのリズム体のソロにこだわった楽曲も含まれている、といったところか。短編集ならではの挑戦とも言える。小説を書くこと自体が好き、と常々公言している彼女らしいチャレンジととらえると、最初のがっかり感は消え、ニヤリとさせられる。
西加奈子作品=安くて美味しいアジア屋台の食事
西加奈子作品は読みやすい。文体も展開も自由だ。特にこの短編集は寝る前にサクッと読んで気持ちよく寝れるようなものが多い。
西加奈子以外にも好きな女性作家は何人かいる。江國香織、小川洋子、森絵都、あたりも私は大好きだ。
彼女たちの作品をを食事に例えれば以下のよう表現できる、と思う。江國香織はワインとともにいただく豪華な肉料理だ。しゃれた大人の店で食べるゴージャスで美味な料理だが毎日食べるにはちょっと重たい。小川洋子は緻密で周到な点は江國と似ていなくもないが、文学系出身で一つ一つの言葉を吟味し、表現力を持って執筆に挑戦していく姿が料亭の和食を思わせる。森絵都は毎日飽きないようにいろいろ工夫してくれる穏やかな妻の家庭料理を想像させる。
さて西加奈子はどうか。私はアジアの屋台で出される麺類と例える。ゴージャスでも健康的でもないけど、がっつり食べてがははと笑える、しかも安い、毎日食べても飽きない、そんな感じだ。表題作「炎上する君」はまさにそんな作品だ。大東亜戦争の二人が素直に笑える。特に前半の二人の話し方や考え方。後半、恋に落ちて外観が女性的になっていく様子はちょっと極端すぎる気もする。結局外観もバリバリのオタク女子はダメなのか?というヘイトスピーチに感じてしまう部分もある。でもそれが西加奈子の屋台料理なんだ、と思わせる。細かい事は気にしなくていいよ、だってこの勢いが西加奈子なんだから、と納得してしまう。
最後に「ある風船の落下」
書かれたのが2010年だが昨今(2016年現在)のSNS社会を風刺しているように思う。他者との過剰な「繋がり」が一般化している中で過剰な行動をしない、上手に距離を取ることが当たり前な風潮への批判だ。批判されても罵倒されてもいいから「愛」や「恋」にもっと燃え上がれ!という賛歌だと思う。巻末にこの書き下ろしを持ってきてカタルシスを持って終わったのでこの短編集が一つの作品として成立する。
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