おなかのすく推理小説を読んで
ず初めに
カバーの”期待の新鋭、待望の長編ミステリー”とのキャッチコピーが今となっては信じられない。
作家歴・作品数ともにベテランと呼んで差し支えない恩田陸さんが、まだ新鋭と呼ばれる時に出されたこの「木曜組曲」。
時子と異母兄弟の静子、時子の姪の直美、その異母兄弟のつかさ
静子の姪の絵里子
そして、血のつながりのないものの時子と一緒にくらしていたえい子。
5人の職業は、ライターに経営者に作家に編集者。
そして、女流作家の巨匠。
作中に出てくる登場人物は各々個性も気も強く、魅力的な働く5人の女性達。
この本を読んでいてまず初めに面白かったのが
これだけ女性が集まる物語で、男絡みの話が出てこない。
ちょっとくらい 「つかさ元彼が絵里子の今の彼氏です」 とかあるのかと思っていたのにそれどころか。
登場する5人の女性達の、聡明で、巧妙で、逞しいこと。
作中、多少腹の探り合いはあるけれど、5人とも基本的にさっぱりとした性格の持ち主のようで(絵里子さんはやや女性らしい性格かもしれないけれど)よくこの話の総評に多いが、緩急がはっきりとした、本当に演劇を見ているような気分になる印象深い作品だった。
そしてもう一つ面白かった、というか恩田陸さんの凄さにぞっとしてしまったのが
この物語はほぼ家の中だけの描写で進められており、
それにもかかわらず、あの緊張感、臨場感、料理を囲む穏やかな雰囲気。
あっちにいったりこっちにいったりと、ころころと変わっていく(誘導されていく)その構想のすごさには
話の内容とは別に、興奮を覚えずにはいられない。
もちろん、話の内容としても、家の近くのブックオフのセールでたまたま購入したこの作品だったが、1人読み終えたあと「なるほどね~。」と声にだしてにやついてしまったのを」よく覚えている。
この本を読んだ人には、きっとそういう経験をした人も多いはず。
ただ意外と種明かしがあっさりしてしまっていたので、いっそのこと謎に包まれたまま結末を迎えてほしかったなあという気持ちもなくはない。
しかし、恩田陸さんというとても魅力的な作家を知るきっかけとなった、思い出深い作品。
ある意味、一種の料理本
最近グルメ漫画が流行っており漫画好きの私もいろんな物を目にするが、当然そんな前よりも出ているこの作品。
お腹を空かす側にももちろん意欲を掻き立てられるが、なにより料理好きに響く本だったと思う。
初日、最初にうぐいす館に到着した静子さんが除いた、食材でいっぱいの冷蔵庫。
日付が入ったミートソースに、タッパーにつまったお惣菜たち。
(日付を入れる時点でえい子さんがよく料理をしていてマメなのがわかる。)
その他にも、作中わりとシビアな話し中に5人が食べ進めていく
キッシュロレーヌ、ピーマンのマリネ、ポトフ、ブロッコリーと豆腐のあんかけ、牡蠣の豆鼓蒸煮に、真鯛のカルパッチョ。
若干映画と混同している可能性もあるが、映画も本も本当においしそうで豪華な料理がテーブルの上に並んでいく。
作るのが好きな人はこんなに料理が出てくると作るところやどうやって作るのか、どんな味つけな」のか想像してうずうずする人は多いと思う。
そしてこの本を読み進める中で私もしっかりとうずうずしてしまい、数品真似して作ったわけで。
思わず、本終盤にあるわけのない、おまけのレシピがないか探してしまった程だった。
(悲しくも、冒頭に記載した「最近はやりの料理漫画」-に影響されてしまっていることに気づかされた。)
それほどえい子さんは料理人としても魅力的で、
作中でえい子さんが、うぐいす館でレストランを。なんて話があるが、本当にお店が開けるんじゃいだろうかという手際の良さとレパートリーの多さ。
和洋折衷しかも手のかかりそうな品目をよくこなしていけるものだなあと感心。
メインは時子さんを巡るミステリーなのでそんな事を求めても仕方がなかったのだが
作中にうぐいす館のキッチンの描写はほとんどなかったのが個人的にいは残念。
恩田陸シリーズを読んでてこんなに料理で印象に残ったものはあまりなかったので、記念にぜひ料理レシピとキッチンや台所回りのマメ知識なんかを書いた本を出版してくれたら
買ってしまう人もいるはず、と考えたのを覚えている。
いずれにせよ、作るのが好きな側も食べるのが好きな側も刺激されてしまう
とういうかそもそもこれを見て影響されない人はいないと思う
小説というか一種の料理本なので、
万人関係なく。
お腹が満腹の時に読むのがお勧めします。笑
女性には敵わない
「女3人よれば姦しい」
その言葉通り、日頃バリバリ働く女性が3人どころか5人も集まれば会話も多く、展開も早い。
個人的に恩田陸作品は読み進めやすいものか否かはっきりわかれる気がしているが、
今回は前者。
テンポよく読める作品で、登場人物もそれぞれキャラがでていてわかりやすかった。
(同作者のあるSF小説なんかはこの人誰だっけ?って何度も読み返した記憶がある。)
美味しいお酒と料理を手に取りながら、
腹に一物も二物も抱えている彼女達の腹の探り合いがハラハラして面白いこと。
恩田陸作品には、この「水面下の駆け引き」がよく登場するけれど、二転三転していく話に身を任せて読み進めていけばいつも虜になってしまう。
それと同時に、賢い女性が集まるとこうも清々しい理詰めになるのかと感心。
ただ、いくら賢い彼女達も5人とも様々な感情で、「重松時子」という女性に捕われ、思い続けるところには、情緒的な女性ならでは。と親しみを覚えることができる。
そんな女性しか登場しない今回の作品。
作中の会話も女ならではだという描写が多く、思わず共感してしまう女性や、読んでいて何故か目を背けてしまうような男性読者も多かったのでは。
「トマトとナスのパスタを作る男」に関しての考察なんて思わず読みながら口元が緩んでしまった。
ちなみに、危険な女性の特徴としてあげられる得意料理は「肉じゃが」らしい。(そもそも料理上手な人は、得意料理がなにとはいわずなんでも作れるから料理上手といえるのだと思う。)
この話の後のランチに、えい子さんがトマトのナスのパスタを出してつかさとけらけらと談笑してしまっているんだから、おもしろくってたまらない。
その他にも「男って~よね。」と男性に対して辛辣に物言う余談が小出しにあり、男性が集まると本当に馬鹿な話しかしていないのと同様に、女性が集まると実際こんな下衆な話ばかりなのだろう。
ただ、それと反面に作中には
【女が女を維持していくのには大変なエネルギーを必要とするが、それを当然のごとくやってしまえる女と、それをするのに努力を必要とする女がいる】
こんな真面目な虚を突いた一文もあって緩急をつけてくるので、本当に嫌いになれない。
この作中で個人的に、一番印象強かった言葉だった。
実際きっとそうなのだ。
近頃の20代男子には、女性と食事をしても折半する人が多いと聞くが、そんな方達には是非この言葉の意味を知ってほしい。
女が女を維持するのはきっと本当に大変なのだ。
なのにそれに加えて男と同様のレベルでやれ数字を、やれ作業量を。
日本の企業には本当に恐れ入る。
彼女たちは男性に追いつかない体力と気力を、そのしたたかさと逞しさで補っている。
作品終末のワンシーン。
怒涛の3日間が終わり、うぐいす館から皆が帰った後の電話を切った、えい子さん。
文章だけで、彼女のしてやった顔が目に浮かぶ。
きっと、女性には一生敵わない。
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