家族と恋人を自らの手足で発掘した主人公
十代のはじめでも読みやすい小説
『哀しい予感』を読んだのは、小学校高学年か中学生のはじめ頃だったと思う。児童文学では物足りないような気になっていた頃。大人の仲間入りをしたような顔をして一般文学の棚に並んでいる小説をいくつか読んでみたら、その内容や面白さを理解できずに困ってしまった頃だ。
選んだ小説が当時の自分には背伸びしすぎていたのかもしれないが、小説って難しいなと感じながら次に手に取ったのが、『哀しい予感』だった。著者は言わずもがな有名な作家だが、吉本ばななという名を知っていたから興味を持ったのか、この本を読んだからその名を覚えたのかはっきりとは覚えていない。ただ、『哀しい予感』を読んで以降、私は著者の小説を探しては次々と読んでいった。
吉本ばななさんの作品がすべてそうだというわけではないが、『哀しい予感』は、子供だった私にもわかりやすかった。最初は主人公や登場人物の行動を不思議に感じたり理解できなかったりしたが、一度読み、もう一度読み返すうちに彼女らを好きになった。特殊な事情はあれど、彼女たちが普通の人たちだったからかもしれない。「弟」が高校生だったり、中心となる人物の年齢が若かったこともよかったと思う。社会人というだけで、学生には少し壁があるものだ。
主人公の出した答え、気持ちのいい結末
主人公は、変わり者の「おば」の家に居候したことをきっかけに「おば」は叔母ではなく実の姉であるという真実を知る。その後姿を消した「おば」を主人公は「弟」と一緒に探す旅をする。
今の家族を愛しているのに、主人公はずっと心に違和感を持ったまま暮らして来た。そんな彼女の様子を彼女を育てた今の両親はどう思っているか。後にわかることだが既に事情を知っていた「弟」もずっと不安な気持ちを隠していた。そして、姉ではなく叔母として生きることを選んだ「おば」の複雑な感情。
状況は特殊だが当時の私にも理解できたし、彼女たちの感情を想像することもできた。私は主人公の今の家族が幸せであることを願い、同時に実の姉である「おば」の幸せも願った。その答えは最後のページにちゃんとある。
「私はおばと弟を失ったのではなくて、この手足で姉と恋人を発掘した。」
一般文学の棚に並ぶ小説には、当時の私には結末がよく理解できないものもあったが、『哀しい予感』の結末は、そんな幼い私の心にも強く響いた。すべてが丸く収まったわけではない。解決すべき問題もたくさんあるし、すべてがこれからともいえた。それでもこの一文が、すべての答えだと思った。
主人公の力強さ、人生には自分の手でつかみ取ることができるものがいくつもあるということ、未来は明るいということ。彼女も家族も恋人も、みんなきっと大丈夫だ。
今でもこの一文は忘れられない。読後感も爽やかな、あの頃に読んでよかったと思う小説のひとつだ。
切ない「弟」の恋心
先程書いたように、主人公と「弟」は恋をしている。家族として暮らして来た人間と恋愛関係になるなんて、と思う人もいるかもしれないが、「弟」の哲生は早いうちから血がつながっていないことを知っていたのだから自然なことともいえるのではないだろうか。
彼はずっと主人公に恋心のようなものを抱いてきたと告白するが、その場面は主人公だけではなく読んでいる私をもドキドキさせた。
この哲生、とにかくかっこいい。特に長いわけではない小説中の描写からも彼が周囲に好かれる理由が十分に伝わってくるが、主人公に恋心を抱いていたのだと知ると、その行動や言動がいっそうかっこよく、また切なく感じられる。「おば」の家にいる主人公に電話してきた場面、「おば」を探しに行くという主人公に「俺も行くよ」と言う場面。「困るわ」と答える主人公に「何が困るんだよ」と毅然として譲らない。本当の家族に気付いてしまった主人公を自分から、家族から、はなしてなるものかと彼はきっと必死だったのだ。
この小説は、忘れていた家族を取り戻す話であると共に、主人公と哲生の恋の話でもある。いきなり大人の関係になったりしないし、十代でも読みやすいひたむきで素敵な恋の話だと思う。
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