でも人生は本当にいっぺん絶望しないと、そこで本当に捨てらんないのは自分のどこかをわかんないと、本当に楽しいことが何かわかんないうちに大っきくなっちゃうと思うの。
田辺えり子
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『キッチン』は吉本ばななが1987年に「海燕」に発表した短編小説であり、翌年にこれを表題作とした短編集が福武書店より刊行された。吉本ばななはこの作品で自身初となる文学賞、海燕新人文学賞を受賞し、1989年には映画化された。海外でも英語やフランス語、イタリア語、スペイン語などに訳され読まれているほか1997年には香港との合同による映画も公開された。 両親と祖父を幼い頃に亡くし、祖母と暮らしていた桜井みかげはその祖母さえ亡くし天涯孤独の身となってしまう。途方に暮れていたみかげの元に祖母の行きつけの花屋でアルバイトをしていた同じ大学の田辺雄一が訪れ、しばらく雄一の家に身を置かないか、という提案をされる。雄一の好意を受け入れ、居候することにしたみかげは雄一の家の台所で寝泊りするようになる。心優しい雄一やおかまバーを経営する少し風変わりな雄一の母親との関わりの中で自分の置かれている状況を受け入れ、みかげの心は次第に失意の底から立ち直っていく。
自分の一部のような本ここまで自分の体のような、心のような、手にして開けると懐かしさを感じる本はないと思うほど静かにわたしの中に沈んでいきます。もう知っている物語が愛おしくて大事で、愛犬を愛でるような感情に似ています。可愛らしい内容ではないんですが、ばなな先生がわたしが生まれる前に発表して新人賞などを受賞したこの作品が、旅行から自宅に帰ってきたときのような安心感を与えてくれます。昔のアルバムを開く感覚に近いのかな?他のばなな先生の作品も好きなんですが、強烈なインパクトも大恋愛もしないこの作品が病みつきになって、もう何回読み返したかわかりません。はっきりした理由はありません。でも、わたしはこの作品を一生愛して、自分の子供や将来の孫に与えたいと思っています。今ではなくてはならない本の一冊となっています。みかげ、雄一、えり子さんわたしはえり子さんにいつも励まされます。彼女は男で、正しくは雄一の...この感想を読む
みかげと雄一/キッチンこの物語は、主人公みかげとみかげの祖母の知り合いだった雄一とその母えり子の物語。ひょんなことから、雄一の家に住むことになったみかげ。育ての親だった祖母が亡くなってしばらくした後に、「困ってると思って」と同居を提案してきた変な男の子が雄一だ。そして、みかげもそれを受け入れる。親を亡くし、育ての親だった祖母を亡くし、二度の肉親の喪失で生きることで精一杯になってしまったみかげ。それを救ったのが、雄一と母のえり子さんだ。優しいけどどこか人間味に欠けている雄一。母のえり子さんも「あの子の性格は手落ちがある」と認めてしまうほどである。そして、恋愛どころではなく生きていくことで精いっぱいのみかげ。みかげと雄一の間に『恋愛』の二文字は全く見えない。どちらかというと、恋愛ではなく『家族愛』や『兄弟姉妹の愛』にとても良く似ていると感じる。足りないところを補い合って、助け合って生きている...この感想を読む
よしもとばななワールドの始まり(デビュー作)。祖母を亡くして、祖母の知り合いだった雄一とその母親と共に暮らすことになった主人公。描かれているのは、人の弱さや強さかなぁ、と思う。よしもとばなな作品の独特の空気感で、物語は進む。キッチンが好き、というその設定にまず共感。物語全体が大好きなのだが、一番好きなシーンは、夢の中でラーメンを食べたいと話すところ。起きて、実際に食べようとするところ。二人が確かにつながっていることがこんなかたちで提示されるとは思わなかった。夢を使ったエピソードって、小説の中では数多く存在するが、これはとても心にしみた。こんな経験ができるような人に出会いたい。
田辺えり子
えりこさんが窓辺の植物に水やりをしながら主人公に話しかける。
桜井みかげ
唯一の家族だった祖母が亡くなった後、きちんと泣くことが出来ていなかった主人公が、バスの中で見かけた小さな女の子とおばあちゃんをきっかけに涙を流し、自分自身に言った台詞。
田辺雄司
最愛の妻が病死し、最後に託されたパイナップルの苗木も枯らしてしまい、田辺雄司がどん底に落ちてから人生について悟ったときの言葉。この悟りののち、彼は性転換して「えり子」として生きるようになる。