思いを心の中にとどめる、かなしみ - 哀しい予感の感想

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哀しい予感

4.254.25
文章力
4.50
ストーリー
4.25
キャラクター
4.25
設定
4.50
演出
4.00
感想数
2
読んだ人
2

思いを心の中にとどめる、かなしみ

4.04.0
文章力
4.5
ストーリー
4.0
キャラクター
3.5
設定
4.5
演出
4.0

目次

悲しいわけではない

主人公は言いたかったんです。言うことで気持ちが開放されて心も軽くしたかったんだと思います。それに一番に気づいたのが弟である哲生で、主人公は相当嬉しかったでしょう。すでに深い部分でお互いを認め合い、欲していて、なるべくしてなったのでしょうが、きっと若いふたりにとってそれは運命的で哀しみの中で到達できた関係だったから、より特別に思えたことでしょう。悲しみは心が壊れてしまうほどの思いを口から叫ぶほどの感情を指し、哀しみは、心の中でためにためて、胸の詰まる思いを言います。しんしんと心の中に積もっていく哀しみを否定したいわけではありませんでした。その予感が正しいことを確かめに主人公はゆきのを訪ねます。そのふらっと足が向く主人公の不安定さも目の前にしっかりと存在する幸せな家族と相反していて、より際立ちます。不良というわけではありませんし、激しい抵抗でもない。それが反対に息苦しくてもどかしくて、ジタバタともがきたいけれど許されない主人公の環境がまた哀しみに満ちているように思います。幸せのままそれだけを見つめていれば苦しくない。でも、渦巻き始めた気持ちは主人公を立ち止まらせたんですね。この先ずっと知らんぷりできるほど、主人公の過去は軽くはなかったのだと思います。

形作られた幸せ

主人公の弥生は幼い頃の事故で両親を失った後、別の家族に引き取られます。本当の家族だと思って生活をしてきましたが、自分がその家族にきちんとはまっていないことに、その違和感に気がつくのです。自分は忘れて置いてきてしまった何かがある。そしてそれを直感的に理解するのです。その違和感を解消するために叔母であるゆきのの所へ行くのですが、ゆきのと同じ時間を過ごすことでかちりと歯車がはまり、姉妹として動かなかった時間を再び歩み始めるのです。姉妹であり、かつ哲生とは兄弟ではない事実を声に出して誰かにぶつけたかったでしょう。しかし、それを許してしまえば今まで実の子どもと変わりなく育ててくれた両親に悪い、というよりも自分自身本当の両親と思っている気持ちを偽物にはしたくなかったんだと思います。主人公は立ち止まって振り返ったのだと思います。ゆきのがなぜか気になる存在というせいもあります。しかし、なんか違う感が芽生えてしまっては、いくら幸せでも立ち止まるでしょう。苦しくて苦しくて仕方がない!という思春期真っ只中の感情ではなく、少しばかり落ち着いた頃に静かに膨れて行った違和感なんだと思います。その静けさが、また哀しみを強めていて、ばなな先生はそういった空間を作る天才だなあと思いました。

恋人の存在と青森

不思議です。青森県の恐山に行こうとした血の繋がった両親は何を思って家族旅行先を恐山にしたのか。呼ばれてしまったのか、それとも普段から突拍子もないことを思い立ったらすぐ行動という人物なのか。それは最後まで不明です。ばなな先生は深いです。

軽井沢へ探しに行った主人公と哲生。そこへやってくるゆきのの元恋人。聞くと教師と生徒という禁断の関係だったというではありませんか。彼の真っ当さに惹かれ、そしてその真っ当さが重荷となり離れることになったゆきのは、まだ両親を失ってから何も始まっていません。誰かがこの作品の感想で『ゆきのは後ろを向いたまま前に進んでいる』と表現していました。まさにそうだなと頷きました。彼女は進もうともしていない、しかし、周りが止まっていてくれるほど優しくはなく、知らんぷりをしていても彼女は進まざるをえなかったんですね。でも、ゆきのはその元恋人に自分の居場所を伝えます。それは彼女自身繋ぎ止めておきたい存在だからこそ、手を離したくないと思ったから居場所を伝えたのであって、少し引きずられるようにして彼女自身も自ら足を動かそうとしていたんだと思います。しかし、なかなか気持ちに反して足が動かないことに気がつく、それが自分が知らない間に大切にしまいこんでしまった両親の事故で、このことを忘れてしまってはいけないと思ったのでしょうか、不幸体質なんでしょうか、構わずに他人に甘えることができない自分になってしまったんだと、しかしそれを恋人に伝えることもできず別れることを決意したのだと思います。素直に甘えられたらゆきのもお腹に宿した子を産んでいたことでしょう。子どもができる前に、姉妹で恐山へ行っていたら、と思うとそのことを吐き出せない彼女の気持ちが乗り移ったみたいに読んでいる私まで喉を詰まらせる思いをしました。

姉妹の話、主人公がふたり

弥生もゆきのも辛い過去を抱えて生きてきたのだと思います。しかし、弥生は幼かったこともあり、ショックで記憶がなくなってしまいます。忘れることで幸せを得る方がいいのか、それとも向き合って向き合い続けた末に前を向く方がいいのか、どちらが正しいもないですが、妹を守ろうと手放し、自分を姉ではなく叔母として生きていこうと決意したゆきのの思いが深い哀しみで、それを感じ取った弥生はやっぱりゆきのの妹なんだなと、ふたりの姉妹としての関係が地の底でしっかりと繋がっていたことが良かったなと思いました。

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他のレビュアーの感想・評価

家族と恋人を自らの手足で発掘した主人公

十代のはじめでも読みやすい小説『哀しい予感』を読んだのは、小学校高学年か中学生のはじめ頃だったと思う。児童文学では物足りないような気になっていた頃。大人の仲間入りをしたような顔をして一般文学の棚に並んでいる小説をいくつか読んでみたら、その内容や面白さを理解できずに困ってしまった頃だ。選んだ小説が当時の自分には背伸びしすぎていたのかもしれないが、小説って難しいなと感じながら次に手に取ったのが、『哀しい予感』だった。著者は言わずもがな有名な作家だが、吉本ばななという名を知っていたから興味を持ったのか、この本を読んだからその名を覚えたのかはっきりとは覚えていない。ただ、『哀しい予感』を読んで以降、私は著者の小説を探しては次々と読んでいった。吉本ばななさんの作品がすべてそうだというわけではないが、『哀しい予感』は、子供だった私にもわかりやすかった。最初は主人公や登場人物の行動を不思議に感じたり...この感想を読む

4.54.5
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