期待どおり江國ワールドの魔法にかけられて(本作にぴったりの一曲を添えてみた)
江國ワールドの魔法にかかる
江國香織は、枠をもたない。普通という概念がない。1+1が、江國ワールドでは1.5なのなら、それは1.5なのだ。不思議ちゃんとユーモアは紙一重であり、江國さんは、1.5を最後まで突っ走るから、一見滑稽だと思えるものも、ユーモアに見えてくる。どんなに障害が降ってこようと、我が物顔でびしびしとそれを跳ね除けるから、1.5が魔法のように魅力に変わる。
『ぼくの小鳥ちゃん』もそう。
“ぼく”の彼女は、
花で言うと黄色いカーネーションのように清潔で、数字で言うと2のように気がきいている。
らしいが、そんなわけはない。普通に考えれば、黄色いカーネーションが清潔であるとは限らないし、2が気がきいているなんて、聞いたこともない。しかし江國ワールドでそうであるなら、そういうことなのだ。そうして読者には、知らないうちに、2がきらきら輝く一等星みたいに素敵に見えてしまうのだ。もう2しか見えない。それはもうまるで魔法にかかったようで、私もその一人。すっかり魔法にかけられた私は、今回も、読み物としてしっかり楽しむことができた。
シンデレラに憧れる江國ファン
江國さんの処女作といえば、『409ラドクリフ』というアメリカ留学を題材にした恋愛小説が有名だが、彼女はもともと児童文学からデビューした作家だ。
児童文学。現実とファンタジーを行ったり来たりするようなお話の数々。ままごとだったり、ごっこ遊びだったり、子どもは空想の世界が大好きだけれど、そんな世界をあたかも現実にしたような児童文学の世界。もっとたどれば、私の3歳になる娘が大好きなディズニーのプリンセス物語『シンデレラ』に、江國ワールドは繋がっているのではないかと思う。
舞踏会に行きたいシンデレラの元に、魔法使いが現れて、ステッキを一振り、あっという間にかぼちゃは馬車へ、みすぼらしい服もドレスへと変わってしまう。サイズのぴったり合ったガラスの靴を履いて、やがてシンデレラは素敵な王子様と結婚をする。
小っちゃな娘も大好きな話だけれど、女ならいくつになってもシンデレラに憧れる。ステッキを一振り、目に見えるものが一瞬のうちにきらきら光る綺麗な物に変わっていればいいなと思うし、自分もシンデレラストーリーの主役になってみたい。目をつぶって夢見る世界を、江國さんは、江國ワールドの中で現実にする。とりわけ江國さんの書く作品に女性ファンが多いのは、みんなどこかでシンデレラになりたいからなのだ。
一見童話のようだけれど、実はしっかり恋愛小説
本作『ぼくの小鳥ちゃん』は一見すると、江國さんお得意の童話のように見える。
まず目を惹くのが、装丁。ページを開けば、そこここに散らばる外国の絵本のような水彩画。絵本作家で有名な新井良二さんの挿絵がたくさん描かれていて、子ども向けのお話なのかと思わせる。しかし読み始めれば、それはまったくちがう様相を見せるのだ。
主要な登場人物は、主人公“ぼく”と、“彼女”と、“小鳥ちゃん”しか出てこないこの話。体長10センチ、まっしろで、くちばしと、いらくさのように華奢な脚だけが濃いピンクをしている“小鳥ちゃんは”、おそらく文鳥なのだろうが、小鳥ちゃんを女性の比喩として見方を変えて読めば、瞬く間にこの話は男女の三角関係に変わってしまう。
初めて小鳥ちゃんに会ったとき、小鳥ちゃんを「かわいい」とは言ったけれど、その後は何も言及しなかった彼女。小鳥ちゃんのためにバスケットをくれたり、布団をこしらえたりするのは、実はぼくに気に入られたいからなのだ。わがままでコケティッシュな小鳥ちゃんを、まったく正反対の性格だからこそ、面白くないと思い、意地を張ってだんまりを決め込んでしまう。独身時代、恋愛においては、残念ながら毎度“彼女”と同じ立場になってしまった私にはよくわかる。彼女は小鳥ちゃんをライバル視しているのだ。
そんな彼女を知ってか知らずか、小鳥ちゃんは自由奔放、やりたい放題、大好きなぼくのために素直に嫉妬すれば、キスもする。そんな3人(2人+1匹)のやり取りが、平和で幸福で、どこか淋しさも同居していて、素敵な恋愛小説に仕上がっている。理に落ちるような物語の終わり方ではないけれど、雰囲気を楽しめる作品になっていて、何度も読み返したくなった。
本作にぴったりの一曲を添えてみた
この素敵な恋愛小説には、The Beatlesの“Lucy in the sky with diamonds”を添えたい。
『とっておきの作品集』という江國さんのムックのなかで、江國さん自身が実際にビートルズの曲を3曲だけ日本語訳しているのだが、そのうちのひとつでもあるこの曲。
ムックの中で江國さんは、ビートルズの音楽を、あまりにもイギリス的で、独特のセンティメントが横溢していると言っている。ラム酒のかかったアイスクリームの好きな小鳥ちゃん。焼きたてのフランスパンと、バターをたっぷり使ったいり玉子の朝食。信号が緑のドロップのようにきれいに見えて、どこにもイギリスだなんて書いていないけれど、洋風の匂いが漂ってくるこの物語は、少しセンティメントを伴っている。
Lucy in the sky with diamondsの頭文字を取って、“LSD=サイケデリック音楽(実際はドラッグとはまったく関係ないのだけれど)”と陰で噂されているこの曲のちょっとイッちゃってる歌詞も、不思議ちゃんを思わせる江國ワールドとぴったり。ほんのちょっぴり感傷的な気分に浸りながら本作を読めば、窓枠にふわっと不時着する、“ダーアモン”を携えた小鳥ちゃんに出会えるかもしれない。
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