猫を抱いて象と泳ぐのあらすじ・作品解説
『猫を抱いて象と泳ぐ』は『博士の愛した数式』(読売文学賞)や『妊娠カレンダー』(芥川賞)、『ミーナの行進』(谷崎潤一郎賞)、『ブラフマンの埋葬』(泉鏡花文学賞)など数々の名作を生み、海外でも数多くの作品が翻訳出版されている小川洋子のチェスを題材にした長編小説である。 上下の唇が閉じたまま生まれた少年が、切り離し手術で唇に脛の皮膚を移植する。成長に伴い、唇から産毛が生え無口で孤独を愛するようになっていたが、ある時、廃バスに住む巨漢の元運転手に出会いチェスの手ほどきを受ける。 たちまちチェスにのめり込み、盤上の詩人と呼ばれたロシアの伝説のチェスプレイヤーにちなみ、後にリトル・アリョーヒンと呼ばれるようになる主人公の数奇な人生の物語である。 2009年1月9日に文芸春秋から出版され、2010年の本屋大賞では5位にランクされた。2013年3月にはフランスのActes Sud社からマーティン・ヴェルニの翻訳により仏語版が出版された。
猫を抱いて象と泳ぐの評価
猫を抱いて象と泳ぐの感想
小川洋子的要素が結集! 集大成とも言える作品
小川洋子が得意とするテーマが満載30年近いキャリアを持つ小川洋子、彼女がその中で繰り返し書いてきたものがある。それは、何かを極める人、欠陥を持って密やかに生きる人、人間の生と死、この三点のどれにも当てはまらない作品は、少なくとも長編では存在しない。それほどに彼女がこだわってきた三つテーマが、なんと本作には全て揃っている。つまり本作は彼女の集大成とも言える作品なのだ。という乱暴なフリをすると、ベテラン作家がネタ切れして過去の要素を全部盛っただけ、と思われるかもしれない。しかし、本作は違う!それらの要素を過不足なくまとめ、小さな限られた世界をどこまでも深く丁寧に書ききっている。書評サイトなどで彼女の最高傑作という評価もある。私の個人的な順位だが、小川洋子作品に優劣をつけるとすれば、ことりか、貴婦人Aの蘇生、そして本作、猫を抱いて象と泳ぐ、この三つをを推す。 この考察では、まずは小川洋子特有...この感想を読む
深く美しい藍色の世界観
主人公と共に深い海の中をゆっくりと進んで行くような物語タイトルに「泳ぐ」という言葉が含まれているからか、読んでいる間中ずっと、深い深い海の中を漂っているような感覚に陥る作品です。耳に入るのはコポコポという泡の音、そしてチェス盤と駒の触れる硬い小さな音だけ、そんな静謐な空気感が物語全体を支配しています。それはきっと、出てくる登場人物たちがみな、少しずつ何かに欠けていて、非現実的で、そして憂いを帯びていながらも清らかな心を持っているからだと思います。小川洋子さんの代表作「博士の愛した数式」にも共通していることですが、誰もが感じる人生の儚さや尊さが、丁寧な美しい言葉で描き出されています。しかし「博士の愛した数式」は、もう少し若葉色のような、春のような軽やかさと明るさがある気がします。記憶が1日しかもたない数学の天才の優しさに加えて、家政婦の息子の可愛らしさ、子供ならではの無邪気さとエネルギーが...この感想を読む
ダークファンタジー?
小川洋子さんならではの雰囲気があるなぁと思った。どの場面をとっても、ひとつひとつが不思議な感じ。底を流れるものが何か穏やかでないような、黒々としているような、そんなファンタジーの世界。好き嫌い分かれるんじゃないか? と思う。文体からは揺るぎないものを感じるし、こういう独特な世界観を築くことができるのって本当にすごいな、と。あとタイトルのネーミングセンス。でも自分としては、残念ながらそんなにハマらなかったかなー。終わり方が、あまり気持ちの良いものでなく。かと言ってほかに道があったとも思えないのだけれど。読んでいる間も読後感も重苦しい感じで少々疲れてしまった。