探偵橋本の幻の恋 - 下り特急「富士」殺人事件の感想

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下り特急「富士」殺人事件

4.504.50
文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
4.00
演出
4.50
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探偵橋本の幻の恋

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
4.0
演出
4.5

目次

人生何度でもやり直せる

この作品は「続編」や上下巻を銘打ってはいないが、北帰行殺人事件の続編という位置づけになっている。

結婚まで考えていた恋人を自殺で失い、恋人に危害を加えた犯人に報復するために警察を辞め、しかも前科者になってしまった橋本は、単刀直入にかわいそうとしか言いようがなかった。

いくら犯罪を犯したのが警察を辞めた後とはいえ、周囲は彼を元刑事なのに、というレッテルで見るだろう。橋本はこの先どうなってしまうのだろうという懸念はあった。

しかし、亡くなった服役者の遺品を預かる役目を託されたのも、北帰行殺人事件で出会った亜木子が橋本を待ち続けたのも、彼の根底にあった正義感が信頼に値するものだったからに他ならない。

橋本自身、前科者になっても信頼し続けてくれる十津川のような上司に恵まれたということも大きいが、作品を通じ人生に前向きな姿勢を持ち続けていた点に逞しさを感じる。

推理ものではあるが、橋本というキャラクターにフォーカスすると、全編を通じ亜木子との明るい未来を予感させるようなストーリーだと言える。

独り者が似合う二人の幻の恋

橋本は出所後は個人の私立探偵になり、十津川シリーズでは女っ気のない身軽なキャラクターとして活躍している。亜木子も都電荒川線殺人事件というスピンオフ的短編集で雑誌記者として活躍している。

作品の発表としては都電荒川線殺人事件より下り特急「富士」殺人事件の方が若干先のようなので、元々いたキャラクター同士を恋人にしたのではなく、下り特急「富士」で結ばれた二人がその後独立して西村作品で強い個性を出していったようだ。

しかし二人は、キャラ的に双方独り者の身軽さあっての活躍が多く、恋人としてタッグを組み、事件の解決に奔走したのは後にも先にもこの作品だけになってしまった。

他の作品では記憶喪失にでもなったのかと思うほど双方相手の存在がなかったかのようになっている。価値観が合わず別れてしまったのか、謎のままである。おそらく作品の流れ的にはあのまま結婚してしまいかねない勢いであったが、橋本にしろ亜木子にしろ、結婚して所帯を持ってしまっては、ああも身軽に動けなかったろうと思うので、そこは作者都合というところなのだろう。

しかも皮肉にも、スピンオフ短編「宮崎へのラブレター」では、橋本との思い出の列車「富士」で、他の男性にアタックされてまんざらでもない様子の亜木子が描かれていて、ますます橋本はなんだったのか読者としては複雑である。もっとも橋本も独身街道まっしぐらになってしまい、若干の連携捜査協力があってもよさそうなのにと二人の関係が惜しまれる。

宝さがしや冒険もののような面白さ

この作品は、列車の名前がタイトルであるものの、実際の面白さは鉄道特有のトリックというより、人探しや、お宝と言ってはなんだか、事件に関与した多額の現金を探し当てる楽しさにあると思う。

亡くなった宇野の手帳にあった妙な宝の地図のようなものを解読したり、事件の大きな背景を推理していくのは、ゲーム世代で言うところのRPGのような面白さがあり、手法としては古臭いのかもしれないが一周回って新しい感覚を覚える。

実際には、警察はこんな操作方法しないだろうと感じる、非現実的手段もとられてはいるが、それはそれで小説としてはフィクションだし、この程度のあり得なさを伴った方がびっくりする展開アリで若い層にはウケそうである。

また、事件に巻き込まれ色々推理したり、緊張を伴う旅の中、男女の恋愛観などについての描写も細かく挿入されており、ちょっとした恋愛小説としても楽しめる側面が大きい。

少しなぞなぞに近いものを解く楽しみは、かえって警察のような立場のキャラを主軸に置くより、警察手帳という効力を持たない橋本と、好奇心旺盛な民間人の亜木子ペアのような人物が自由に発想・想像して推理した方が、読者も感情移入しやすいかも知れない。

恋愛は押してみてなんぼ?

この作品ではさらっと書かれてしまっているが、よくよく考えると亜木子の積極性は並大抵ではない。

片思いかも知れない男性が刑務所から出所した日に待ち伏せし、出てきたとたん泣いて抱きつくなど、なかなか出来るものではない。もっとも出所した男性は、解放感もあると同時にこれからどうやって生活して行こうかという不安もあると思われ、食事に誘うなど気が利くアプローチは橋本にとっても渡りに船だったろう。そういう意味では「不安な時に支える」という上手い戦法で橋本の心を惹きつけたものだと感心する。

作中は亜木子に計算などなく、最も計算などするような女性ではないキャラクターのように感じるが、頭がいい彼女なので、どうやったら橋本の心を開くことができるか、ある程度出所前から作戦を立てていたのではないかと感じてならない。

結果、押しまくったおかげで橋本の人生まで変えてしまった亡き婚約者を思い出にしてしまったわけだから大したものである。男性のタイプにもよるだろうが、好きな男性が困ってたら押してみろ、という教科書としても良書かもしれない。

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