風景と人物のカットバックという古典的手法を使い、ひとりの中年男と若い男女がそれぞれの愛を獲得するまでを描いたロード・ムービーの佳作 「幸福の黄色いハンカチ」 - 幸福の黄色いハンカチの感想

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幸福の黄色いハンカチ

4.304.30
映像
4.20
脚本
4.50
キャスト
4.40
音楽
4.00
演出
4.20
感想数
5
観た人
5

風景と人物のカットバックという古典的手法を使い、ひとりの中年男と若い男女がそれぞれの愛を獲得するまでを描いたロード・ムービーの佳作 「幸福の黄色いハンカチ」

4.54.5
映像
4.5
脚本
4.5
キャスト
5.0
音楽
4.5
演出
5.0

「幸福の黄色いハンカチ」は、実に巧みな語り口によって、ごく単純なストーリーを、気持ちよく一気に見せられ、爽やかな感動を味わえるロード・ムービーの佳作だ。

ひとりの若者が、北海道の原野を女の子とドライブしたいという夢を実現させるために、東京からフェリーで釧路へ行く。この若者を演じるのは武田鉄矢。彼にとって、この映画は初出演だが、オッチョコチョイだが悪気のない青年を実に達者に演じている。出色のコメディアンぶりで、彼のなりふりかまわぬ楽しい安っぽさによって、湿りがちなこのストーリーが、どれくらい明るくなっているか分からない。

この青年が、網走駅前で引っ掛けたのが、桃井かおりの演じるひとり旅の女の子。職場で面白くないことがあって、むしゃくしゃして旅に出ている。そこで、もうひとり、高倉健の演じる島という中年男と出会い、三人で車の旅をすることになるのだ。青年はすぐにでも彼女をモノにしたい。彼女は島を盾にして彼を牽制する。島は青年をたしなめて、男は女にどう対しなければならないかをしみじみと語る。

高倉健が、このような平凡な庶民を演じるのは、公開当時としては非常に久しぶりだと思いますが、実にいいと思う。島は実は刑務所から出てきたばかりの男である。そういう暗い過去にじっと耐えている男の風情があるのです。倍賞千恵子の演じる妻の流産に参って、むしゃくしゃして飲み屋街でチンピラと喧嘩して、殴りどころが悪くて相手を殺して受刑したのである。

島の回想で、粗暴な生活をしていた彼が、立ち直るためにどんなに彼女の愛を頼りにしていたかということが描かれる。彼女に求婚しかねているあたりの風情が、まったく初々しいのだ。バスに乗っている彼女を彼がちょっと追うようにして見送っているところを、バスの中の彼女のほうから撮ったショットなど、なんでもない日常生活の一瞬の眺めだけれども、苦労を知っている男と女の、そう軽々とは近づけないままに強く惹かれ合っている恋心を、くっきりと見せて、生活の味わいの濃い優れた画面だった。雨の夜、突然、彼女がやって来て、「私は結婚したことがあるのよ、それでもいいの?」と言う。これも、あっさりしたストーリーの中に強いアクセントを刻み、意表をつく感動的な場面だった。

島は、刑務所の中で、妻を強引に離婚した。しかし、出所した時、速達でこれからそちらに行くが、もしまだ自分を待っていてくれるようだったら、家の外の竿に黄色いハンカチを出しておいてくれ、もし出してなければそのままよそへ行く、と妻に知らせてある。

そして、果たして彼女が待っていてくれるかどうか。心細くなって居ても立ってもいられなくなってくるのを、それまで彼のおかげで軽率なことにならずにすんできた若い二人が、励まして夕張まで連れていくのだ。前半、軽薄な青年が、悲痛な経験を持つ中年男と数日、一緒に旅をしたために、"人生の厳しさ"というものに目を開かれる過程を、実にゆっくりと丹念に描いておいて、最後にその剛毅な頼もしい中年男が、若い軽薄な男にかえって精神的に支えられることになる。立派そうな男のほうが一方的に教え諭すのではない、この男同士の"位置関係の転調"も爽やかで、実にいい。

この映画の原作は、アメリカのジャーナリストが書いたコラムを「幸福の黄色いリボン」というフォークソングにしたものから発想を得て作られています。そう言われると、いかにもアメリカの土の匂いがしてきます。殺人で刑務所から出て来た男が、それなりに罪の意識を持ってはいるが、わりあいさっぱりとしていて、過去よりも将来のことを主に考えているあたり、男同士の関係が一方が一方を指導するだけでないあたりが、ちょっと日本ばなれした、からっとした明るさになっていると思う。

高倉健といえば、この映画に出演する前まで、もっぱら東映の任侠映画の主役を演じていたスターだ。任侠映画の主人公といえば、いつもは思慮も分別もある温厚な人物であり、それが不愉快なことをしばらくじっと耐えたあげく、もう我慢ならないというところで、突然、驚くほど凶暴になることに決まっているのだ。それが高倉健の見せ場であり、彼の主演ならそうならなければ彼の映画を観た気がしないということになるのだ。なぜなら、これは自分の気持ちをうまく口では言えない男の悲劇だということがよく分かっているからである。

高倉健の島は、極めて寡黙な男である。それまでの任侠映画での彼の役も極めて寡黙であることが普通だったのです。日本では侍の時代から、立派な男は口数が少ないものだとされてきた。死ぬと命令されたら理屈を言わずに黙って死ぬのが最良の侍だと考えられたせいだろう。逆に言うと、武田鉄矢の演じた青年や「男はつらいよ」の車寅次郎などは、軽率な男だからこそあんなにお喋りだということになる。

高倉健の演じる人物は、常に男らしさを絵に描いたような男であり、だから寡黙なうえにも寡黙である。寡黙だということはコミュニケーションが下手だということである。侍や軍人やヤクザなど、命令だけで動く人間ならコミュニケーションは下手でもいいけれども、普通の市民となるとそれでは困る。彼は自分の気持ちをうまく相手に伝えられないことに苦しまなければならない。島もまさにそれで苦しんでいるのである。苦しんだあげく、ある時、突然、言葉抜きの乱暴な行動に退化するのである。彼を理解できるというのは、それが男らしさと言うものの代償だと同情をもって観るからなのだ。

実際、この島という男は、自分の男らしさを持て余して苦しむ。スーパーのレジをしている女性に惚れても、容易にそのことを口に出せないのだ。そして、普通ならそれは、誰にもある恥ずかしがりとして苦笑されるだけなのだが、島の場合は高倉健が演じていて、なまじ男らしい男であるためにどうしても軽い調子にはなれない男の悲劇に見え、特に同情され、共感されるのだと思う。

つまり、この映画での高倉健は、任侠映画のヒーローの美点はそっくり持っていて、だから彼の特色を安心して愛せるのだ。そして、この高倉健の男らしさを生かすために、武田鉄矢のお調子者ぶり、桃井かおりのイノセンスぶり、倍賞千恵子の貞淑さなどが、それぞれみんな非常にいい取り合わせになっているのだと思う。

映画ファンの大多数が望む映画とは、スターの映画であり、その魅力を最大限に発揮させながら気持ちのいい結末に持っていく。その王道のパターンを、これほど完璧にこなした作品は滅多にないと思う。

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