現代的な日常を切り取ったリアルな短編たち - 女たちは二度遊ぶの感想

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女たちは二度遊ぶ

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現代的な日常を切り取ったリアルな短編たち

3.53.5
文章力
3.5
ストーリー
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キャラクター
3.0
設定
3.5
演出
3.0

目次

主人公男性をもてあそぶかのような女性たち

「女たちは二度遊ぶ」というタイトルの印象とは違って、ほとんどの物語の主人公は男性である。そしてその主人公目線で書かれている。大体のストーリーは自分が出会った思い出に残る(というよりは強烈な印象を残したといってもいい)女性のことを思い出すように書いてあるのだけど、読み進めていくうちに主人公である男性の欠点が浮き彫りにされてくる。その展開が面白く、一気に読み終わってしまった。
この作品は全部で11の短編が収められているが、タイトルとなっている「女たちは二度遊ぶ」という物語はない。ということはこの言葉が11の短編たちの総称というか、テーマがそれと考えてもいいと思うのだけど、こうだという考えは思いつかない。しかしこの物語全ての主人公の男性は相手の女性に去られているため、この辺りの皮肉かなと感じたりはした。
吉田修一の短編小説は魅力的なものが多いが、時にスタイリッシュすぎて敬遠してしまうようなものも少なくない。今回の作品は装丁にはそれと感じなかったが(「日曜日たち」の装丁がそうだったことで、それも判断材料にしている。にしても今回の「女たちは二度遊ぶ」の装丁に使われているあのファーの写真は何のどこの部分なんだろうか)、中身を見るまではどうしても警戒してしまう。しかし今回のはそう感じる内容も文章もなく、主人公の男性をもてあそぶような女性の小悪魔さやシニカルさが小憎らしくも魅力的で、小気味よいテンポのストーリーばかりだった。

主導権はどっちか「どしゃぶりの女」

友人が突然自宅アパートに女性を2人連れてきた。連れてきた友達が気に入った方を一人連れて帰り、残った方となんとなく暮らすようになったなんともだらりとした物語である。またこの残った方の女性ユカというが、見事に何もしない。掃除洗濯はもちろん、自身がお腹が減っても買い物すら行かないという筋金入りの女性だ。例え死ぬほど空腹でも自ら買い物に行ってまでは食べないということは、必然的に同居している男性がその食事の世話をすることになる。仕事から帰ると腹をすかした彼女が彼の帰りをずっと待っているという状況になのか、自分がいないとこいつは何も出来ないといういわばペット的な状況になのか、そういったものがいつの間にか彼にとってはなくてはならないものになってしまった、というのはなんとなく気持ちはわかるような気がする。個人的にはペット的状況に自分が癒されるのは分かるのでそういうことなのかと思ったのだけど、しかしこの男性は、このユカがどこまで空腹に耐え自分を待っていられるのかということを試そうとするのだ。これがこの男性の問題点だと思う。束縛していないようで束縛し、自分のみ癒されて自分勝手な基準で相手を試そうとするのは、下手すれば監禁犯罪者の心理に通じるような気さえする薄ら寒さを感じさせた。
大体なにを試すにしろ、相手を試そうとする態度は失礼以外の何者でもない。結局やりすぎた彼は4日目の朝まで帰らなかった。結果その朝にはユカはすでに姿を消しており、その空虚さに男性は自分がやってきたことの嫌らしさに気づく。
ずっと男性が主導権を持っているかのように見えたこの物語は、実は女性自身がしっかり持っていたように思う。

きっと男性自身も自己嫌悪に陥っただろうと願ってしまう「公衆電話の女」

まだ携帯が今ほど普及していない時代、公衆電話の順番を待っている時に偶然聞こえてしまった電話の内容。大して気にも留めずにいた主人公だけど、その彼女が同じ会社に入社してきたことで、なんとなく気になりだす。美人で周りの配慮も仕事も出来る彼女は当然人気者で、だからこそ彼に自分でも意識していないような黒いものが成長しだしたのかもしれない。
恐らく彼女を脅しモノにするといった展開は、彼自身何度も夢想したに違いない。ただ本来それほど人が悪くない主人公でもあり、そういうことは出来ずにいたのだろう。それが思いがけなく彼女を車で送り届けることになり、その時交わした会話で彼女の電話内容を覚えていると仄めかしたのが結果脅しになってしまった。もしかしたらそんなつもりもなかったのかもしれないが、この何度も夢想したと私が想像するところがそこで、そうでなかったら彼女が脅しのように話を捉えることはなかったのではないかなと思ったのだ。ただ後ろ暗いところがあると、相手がどこまでそれを知っているのか知りたくなるのも人情であり、この流れは本人が想像する以上にスムーズに流れたに違いない。自分の思惑以上に事はうまく進み、そして自分の思った以上の“脅した感”というものを感じたと思う。結果彼女は会社を彼女らしくない辞め方をし、格好の悪い彼だけが残された。
彼女を脅したネタは恐らくコールガールのようなことをして働いていたことだと思う。ただ彼女のイメージから言うと、そういうことをそこまで後ろ暗く思っていないような感じがした。脅そうとしてもまるっきり応えず、逆に男の器の小ささを露呈させるようなそんな展開でも面白かったかもしれない。

サスペンスのような読み応えのある「11人目の女」

男性主人公目線で書かれる他の物語とはすこし趣きの違うこの短編は、いわゆる神視点で書かれている。登場人物全てが見渡せるが、彼らの心理表現はどうしても少なくなってしまう。しかしこの物語は逆にその方が行動の異常さが際立ち、それが効果的に成っていると思う。
その異常さとは、物語が始まってすぐに出てくる男の行動だ。彼は喫茶店でナポリタンを頼んだけれど一向に手をつけず、ウェイトレスが水のおかわりを注ぎに行った時に一言「フォーク」とつぶやくのだ。注文を頼んでから水を注ぎに来られるまでは10分以上が経っている。それまで微動だにせず誰かが近づくのを待ち続けたところは気持ち悪くて鳥肌がたった。
またナポリタンを食べたところだというのに妻からの「夕食食べた?」と言う質問に「まだ」と答えるところも、なんのことはないのに実に気持ちが悪い。こういうのも神視点だからこそうまく感じることができるのかもしれない。
この物語は他の物語とは違い、短編ながらも読み応えのあるサスペンス風に仕上がっている。もしかしたらこれだけで2時間枠のドラマくらい作れるかもしれない。男の妻のどこか安っぽいところとか、男が常に下を見ながら生きているようなじっとりした湿っ気とかが感じられて、全体的にじとじとと気持ち悪い仕上がりになっているが、この物語はこの「女たちは二度遊ぶ」の中で好きな物語のひとつだ。

最近多く感じる様々な誤変換、誤植

最近読む本では様々な誤変換や誤植に出会う。勢い込んで読んでいたら気づかなかったものも多いだろうから、そういったものも含めたら結構な数になると思う。そして今回の「自己破産の女」にも少し気になる部分があった。単純な誤変換や誤植なら分かりやすいのだけど、今回のは同じ文章が2回繰り返されていた。意図的とも思われるけれど、それにしては不自然な感じは否めないし、これどうなんだろうと何度も読み直すうちに物語の精彩が色あせたのは言うまでもない。
そもそもその文章は印象的なもので、この物語の女性を一言で表せるものだった。だからこそよく覚えており、次(しかも忘れた頃に、でなく本の見開きで2回)同じ文章がでてきたときに「?」となったのだ。効果的に文章を繰り返したのかもしれないけれど、個人的には単なるコピーアンドペーストのし損ないのような印象を受けた。
これは作家のせいでなく印刷側の問題なのかもしれないが、最近の校正はあまり質がよくないのかなと思った出来事だった。
「女たちは二度遊ぶ」自体は一気に読んでしまったし、これから時間がたっても残るかもしれない物語も文章もあったけれど、同時にこの誤植のことも覚えているのだろうなと思った。

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