全てのお話が面白い!
表紙の装丁がオシャレ
まず、紙媒体の醍醐味を味わえるものとして、表紙の紙の材質と手触りが、他の本とは少し違っていて、こだわりを感じることができます。鮮やかな緑と文字のみの、レトロでありながら新しいデザインもとても気に入って、思わず手に取り、買ってしまったのでした。何度も読み返す前提の手触りなのかも知れません。そしてその通り、何度も読み返し、持つところが少し黄ばんでまた違った味わいが出て来るくらいの愛読書となったのでした。
バッチリと結末が分からない酩酊感
真実はいつも一つ、といったような劇的な逮捕などはなく、読者にそれとなく結末を推察させるような、独特の雰囲気を漂わせています。他シリーズで活躍する登場人物たちもチラッと出て来たりもしますが、全体的に、読後感はクラクラした目眩を感じ、なんだか自分の立つ世界がとても頼りなくなってしまったかのような心細さを感じます。日常だと思って何気なく見ていた塀の裏側に回ると恐ろしい異世界だったような、心臓がぎゅっと縮むような瞬間が随所にあり、中毒性のある本です。
謎めいた題名に込められたオマージュ
本格推理小説を手がけるにあたり、作者自身が影響を受けたり、インスピレーションを得たりした方々から各エピソードの題名をつけていて、あとがきに、由来が詳しく語られています。それらの、他の作家さんの本を読んだ上で、またこの本を読み返してみたいものです。何度も読み返して新しい視点で読めそうです。全体的には、アガサクリスティへのオマージュでもあるのではないかと感じます。表題に「象」がつくところや、廃園というエピソードにおいて裏木戸から主人公が入っていくシーンがあることからです。
廃園はとりわけ印象に残っています。読んでいるうちに熱中症でこちらも倒れてしまうような目眩を感じます。それでいて、何が起きたのか、しっかりと論理的に予想がついていくのです。酩酊と論理のバランスがすごく良くて、秘密の花園、運命の裏木戸、などといった往年の名作にも思いを馳せて読み返したくなってきます。
中原中也の詩を中心に据えた、海にいるのは人魚ではない、というエピソードも、中原中也の詩から、深い海のどんよりとした色、波の音、水の冷たさ、砂浜に立った時の風、そういった五感までもが刺激され、おそらくその海に沈んでいるであろう人を思うと、またしても、クラクラした目眩を感じるのです。ひとつひとつの短編が、練りに練られた印象があり、順位を付けることが難しい、バラエティに富んだ作品です。
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