大事にしたい本
自分の一部のような本
ここまで自分の体のような、心のような、手にして開けると懐かしさを感じる本はないと思うほど静かにわたしの中に沈んでいきます。もう知っている物語が愛おしくて大事で、愛犬を愛でるような感情に似ています。可愛らしい内容ではないんですが、ばなな先生がわたしが生まれる前に発表して新人賞などを受賞したこの作品が、旅行から自宅に帰ってきたときのような安心感を与えてくれます。昔のアルバムを開く感覚に近いのかな?他のばなな先生の作品も好きなんですが、強烈なインパクトも大恋愛もしないこの作品が病みつきになって、もう何回読み返したかわかりません。はっきりした理由はありません。でも、わたしはこの作品を一生愛して、自分の子供や将来の孫に与えたいと思っています。今ではなくてはならない本の一冊となっています。
みかげ、雄一、えり子さん
わたしはえり子さんにいつも励まされます。彼女は男で、正しくは雄一の父親ですが、母親として登場してきます。とんちんかんな設定でそんなのあり得ない!と最初は思いましたが、時代が流れて性について理解ができつつある世の中になると、改めて読むとすんなり彼女を受け入れることができるんですよね。これは新たな発見でした。一度本を寝かせると、時間の経過とともに本を違う角度から見れる。だからいつまでも何回でも読み返すのかもしれません。物語の主人公はみかげという女の子ですが、わたしはどうしたってえり子さんを目で追って、彼女が出てくるのを心待ちにしています。ある意味主人公を喰っている脇役です。と感じるのはわたしだけでしょうか。きっとえり子さんファンは多いはずです。わたしも主人公や雄一と一緒に彼女に甘えているんだなあと最近読み返して思いました。彼女の懐は深いです。暖かくて自分をとことん幼く素直にさせてくれます。「キッチン」の続きの「満月 キッチン2」というお話があるのですが、そこで彼女の登場が途絶えてしまうのは本当に悲しく思いました。まるで漫画のキングダムに登場してくる王騎のような存在感。アルバムをめくるとその時代の若い気持ちが蘇るような、いつでもそこにえり子さんがいるから、わたしは何度も読み返すんだな、と書いていて思いました。雄一は雲のように自由に生きている気がします。でも彼も幼い頃に母親を亡くし、父親が母親になるという強烈な過去を持っている人物で、こんなにも何かに執着せず飄々と生きているからこそ、受け入れられた事実なんだろうなと思いました。やはり、えり子さんの息子です。懐が深くてあったかい。こたつから出られなくて、横着になってしまう。彼に触れるとそう思います。優しくて静かで、決して他人が触れないであろうところに手が届く。見つけられない細かい部分を見抜く。自然とできているところが惹きつけられる要因ですね。わたしはこの親子に出会って、素直に甘えられるみかげが羨ましいです。
愛すべき人々
上記でたっぷりとわたしがいかに登場人物を愛しているか、ご理解いただけたと思いますが、恋愛なんて全くと言っていいほど起きないんです。条件は揃っているのに、えり子さんを失ってから、お互いがお互いをどれだけ欲しているか気がつくんです。わたしはどちらかというと「満月 キッチン2」のお話の方が気に入っています。ばーっと走ってうわーっと勢い任せに展開していく感じがもどかしいと思っていた「キッチン」での関係を進めてくれるからです。そして、色んな人の感情をみかげは観察します。雄一に恋するクラスメイト、えり子さんの後を引き継いだちかちゃん。色んな人がみかげと触れ合って、感情に色を足していきます。彼女は嫉妬というものがどんなものか、はっきりと自覚したことがなかったような描写があるのですが、雄一に素直に甘えられる器用さもあってかとても可愛らしく描かれています。今唐突に思ったのですが、わたしはみかげのような経験があるな、と。わたしは天涯孤独ではないですし、料理も得意ではありません。でも、今までお付き合いしてきた方の中に、雄一のような傷を持ちながらも、わたしを甘えさせてくれる人がいました。みかげをまるで猫のように愛でる雄一は、母性本能をくすぐる性格の持ち主です。男子力が高いというんでしょうか?きっと壁ドンをやらせたら、大抵の子はイチコロなんじゃないでしょうか。いや、壁ドンよりも、打ちひしがれてこてんぱんにやられて滅入っている姿が様になる、負のオーラを魅力的に発する人物だと思います。お花屋さんでアルバイトをしていた彼は、花のような煌びやかさはありません。でも、水のように同じ形をせず、捕まえたと思っても指の隙間からこぼれ落ちてしまう、掴みきれない人です。それはえり子さんがいたからこそ、水のように生きられたけれど、失ってから彼は氷のように捕まえるに容易な人物へと変わってしまいます。そしてずるずるとそのまま消えてしまいそうで、みかげは彼を愛するということに躊躇しなくなります。よしきた!とやっと訪れた恋に胸が締め付けられました。きっと必要な時にいて欲しいと願う人は現れるんだと思わせてくれたシーンです。3人が3人、一緒に住んでいた頃を愛していました。それが叶わなくなり、別々の道を歩みかけたのですが、うまくまとまってわたしは安心しました。
終わりが悲しくてはこの作品はこうまで繰り返し読む本になっていなかったと思います。すべてにおいてわたしはこの作品を愛しています。- あなたも感想を書いてみませんか?
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