主人公、画力、全てに魂が込められた『ベルセルク』
凄まじい筆致は狂戦士さながら
『ベルセルク』は漫画界に名を残す名作だ。そして『ベルセルク』を名作と捉える人のうち、本作品のどこに惹かれたか?と問われ、まず画力を挙げる人は多いだろう。
『ベルセルク』は、作者三浦建太郎が当初大学在学中に描いた作品で、大学を卒業したあとで連載がスタートした。しかし、この短編も連載作品も、当時21、22歳の若者が描けるレベルの書き込みではない。
『ベルセルク』は中世ヨーロッパをテーマにしたダークファンタジーと一言で説明されるが、中世ヨーロッパの世界観を描くのには、まず膨大な資料が必要だ。服装、建物、髪型、武器、鎧、王城…それら全ての資料を集め、自分の描きたい世界に落とし込み、使いこなす。しかも三浦建太郎は、そこら辺のファンタジー漫画家がぼやかして描く宗教的世界観にも果敢に挑み、中世社会の混沌とした宗教を主題としてエピソードを盛り込んだうえで、描き切っている。これは凡用な漫画家に出来ることではなく、画力一つを取り上げてみても、すでに三浦建太郎の稀有なる才能の一つが浮き彫りになっている。
また、三浦建太郎の画力はもちろん世界観構築にだけ留まらず、キャラクターの造形にも深く関わっている。
『ベルセルク』の恐ろしいところは、作画にブレがないところだ。普通、連載作品は多数のキャラクターの顔を描かなければならない。そのなかで、デッサンが崩れたり、ぱっとしない表情が連続することもある。同漫画内でコピペを多用する作者も存在する。
だが、三浦建太郎は手間を惜しまない。キャラクターの表情、汗、身体のバランス、手や皴にいたるまで、一切妥協しない。すさまじいプロ意識である。特に主人公であるガッツの鬼気迫るバトルシーン、宿命のライバルであるグリフィスの神がかった美しさは、作中一貫してブレることがない。これだけの連載期間、かつコミックが刊行されるなかで、この二人のキャラクターの立ち回りは全てオリジナルで、一つとして似通ったシーンや表情がない。
『ベルセルク』は漫画作品でありながら、職人・三浦建太郎の魂が感じ取れる画集なのである。
ガッツは理想のヒーローなのではないか
『ベルセルク』の主人公であるガッツは最高のヒーローかもしれない、とふと考える。
まず見た目がカッコいい。無骨で、筋肉質で、黒を基調としたデザインにも三浦建太郎のセンスが光っている。
また、寡黙で不愛想な性格と、戦闘中のギャップがいい。戦うとき以外は、ガッツは快活に動くキャラではない(そのあたりは、自称相棒のパックが担っている。この辺りも画面映えを意識しているのがスゴい)。だが、一度戦いとなれば、誰よりも先に切り込み敵を一刀両断する。筋肉の動きと、迫力ある表情と、コマわり、書き文字、全てがガッツを引き立てる。
そして一途なところがまたいい。『ベルセルク』の目的は一貫して、ガッツの復讐である。目的がブレないので、読者は寡黙なガッツを安心して見守っていられる。世直しに動いている訳ではないので、サブキャラクターに同情することもなければそこらに寄り道することも基本的にはない(たまに、成り行きで人助けをすることはある)。何より、ヒロイン・キャスカへの思いやりと愛情は、セリフで語られることがほとんどないのに、作中の行動・表情でどれほど深いか計測できるのだ。
これはわずかながら他の仲間たちに対しても見られ、ガッツはパーティーの中心でもあり、父親的な愛情深さすら感じるほどである。
カッコいい外見と比類なき強さ、寡黙な性格、そして愛情深さ。
ガッツは人の求める理想の男性像・父親像を持ったキャラクターなのだ。だからファンは、ガッツに長年ついていきたくなる。
着々と己の理想に向けて前進するグリフィスに対し、ガッツはどう動くのか。今度の展開は
その『ベルセルク』だが、2016年2月現在、まだ未完である。ガッツは恋人であるキャスカを救うため、エルフヘイムを目指す船の上。一方グリフィスは着々と己の理想郷ファルコニアを造り上げていくーーというところで、現在連載はストップしている。
『ベルセルク』は、ガッツの復讐譚である。己の理想のために鷹の団を犠牲にしたグリフィスに対するガッツの復讐。だが、本当にこれを為しえられる日は来るのか? というのが、読者のもっとも気になるところであろう。
グリフィスはガッツに対して特別な感情を抱いていた。ゴッドハンド・フェムトへと転生する直前、グリフィスは、ガッツだけが「俺に夢を忘れさせた」と振り返っているように、俺の夢=グリフィスの王国を築くことを忘れさせるほど影響力のある存在だったと述懐している。そもそもグリフィスが五体不自由になったのも、ガッツが鷹の団を退団するという一連の事件が間接的な原因である。順風満帆だったグリフィスの運命を狂わせたのがガッツの存在であり、ガッツもまた、グリフィスによってようやく得られた幸せ(鷹の団や、キャスカと子ども)を失ってしまう。
互いに運命を食らいあった二人は、やがて最後の戦いに挑むことにはなるーーとまでは読者も予想しているだろうが、ではその結末がどうなるかは誰もが想像できない。
『ベルセルク』の結末のキーとなるのは、ヒロイン・キャスカの存在であろう。
蝕によって精神崩壊したキャスカを、ガッツは守りとおそうと奔走している。そして、キャスカの記憶を戻せるかもしれないという期待をもってエルフヘイムを目指しているのだが、道中思いも寄らない啓示を受ける。
記憶を戻すことは出来ても、それが本当にキャスカの望んでいることかわからない、と。
物語中、迷いなく敵を切り刻むガッツが、このとき深い戸惑いを見せた。
これが今度の『ベルセルク』の物語を紐解く鍵になることは、想像にかたくない。
グリフィスは理想郷創造の果てに何を見るのか? キャスカの望みとは? そしてガッツの復讐は完遂するのか?
今度も『ベルセルク』の展開に多いに期待したい。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)