ナイン・ストーリーズのあらすじ・作品解説
ナイン・ストーリーズは、アメリカの作家J・D・サリンジャーの自選短編集で、1953年リトル・ブラウン社から出版された。「ライ麦畑でつかまえて」や「フラニーとゾーイー」と並ぶ代表作のひとつである。1949年から1953年にかけて「ザ・ニューヨーカー」等、数誌に発表した短編の中から特に気に入ったもの9作品を作者本人が選んだ。他の短編は、アメリカ本国ではアンソロジー化されていない。 最初に収録されているのが「バナナフィッシュにうってつけの日」(1949年)、最後が「テディ」(1953年)で、年代順に並んでいる。特に「バナナフィッシュ~」に関しては、作者のライフワークとなったグラース家をめぐる物語の最初の作で、グラース家の中心人物の1人の自殺から始まり、これがグラース・サーガ最大の謎といわれている。他、グラース家に関係している「コネティカットのひょこひょこおじさん」「小川のほとりで」も収録。 邦訳はいくつかされており、新潮社のものが有名。2009年にヴィレッジブックスから新訳版が刊行された。
ナイン・ストーリーズの評価
ナイン・ストーリーズの感想
どこから読み始めても満足させてくれる小説
1番目の話「バナナフィッシュにうってつけの日」これは文字通り9つの物語でなされるこの本の中で一番最初にでてくる短編。主人公のシーモア・グラースは妻との旅行先でなんの前触れもなくピストル自殺をするが、それまでの文脈から彼は繊細すぎる感性の持ち主であることは、無理なく想像できる。(妻の母親が異常に彼の行動を気にしているところも読みどころのひとつ)そんな彼が浜辺で知り合った小さな女の子と交わす会話は、みずみずしく感性豊かで、その後自ら命を絶とうというような悲壮感は一筋たりとも感じられない。それよりも彼が話す「バナナフィッシュ」、またそれを頭から疑うことなく信じる4歳の女の子(前述の女の子)のまっすぐな眼差しまでもが苦もなく頭の中に映像化されてしまう文章は、サリンジャーならではでないだろうか。「グラース家」「バナナフィッシュにうってつけの日」の主人公シーモア・グラースはグラース家の長男であり、...この感想を読む
バナナフィッシュにうってつけの日
サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」はちょっと合わない感じでしたが、「バナナフィッシュにうってつけの日」というタイトルを、とあるマンガで知って、この作品を読んでみようと思いました。でもやっぱりサリンジャーは合わないなという感じがあります。サリンジャーがわざとそうしているのかどうか分かりませんが、登場人物の心の深いところまで入っていかない感じが心にちっとも残らないのです。読んでいて感じる「何かおかしい感」はカフカにもありますが、カフカの方がもっと絶望的に不条理なところが好きなのかも知れません。これも「ライ麦」同様、もう少し若い頃に読んでいたらよかったのかなと思いました。
サリンジャーの多彩な作風が一冊で楽しめる
サリンジャーは「ライ麦畑でつかまえて」が名高いですが、本作はそのサリンジャーの様々な作風が凝縮されたような一冊です。出来の良かったものを九つ選んだというだけあって、どれも読ませますし、それぞれに個性があって楽しめます。イノセンスの魅力、スピリチュアルなものへ憧憬、戦争の傷跡、繊細さ、人間の弱さや悲しさ……これらのともすれば深刻になりかねないことを、サリンジャーは軽妙でユーモアをまぶして、時にペーソスも感じさせる筆致で描き出しています。激しいアクションや事件がなくても、巧みで惹きつけられる物語は作れると、サリンジャーは教えてくれます。サリンジャーの作風が様々な形で楽しめるので、サリンジャーの愛読者ならおすすめです。個人的に一番好きなのは最初の「バナナフィッシュにうってつけの日」です。