藤田編集長の依頼に引き込まれる、興味深い小説 - 菊池伝説殺人事件の感想

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菊池伝説殺人事件

4.604.60
文章力
5.00
ストーリー
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キャラクター
4.50
設定
4.00
演出
4.50
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藤田編集長の依頼に引き込まれる、興味深い小説

4.64.6
文章力
5.0
ストーリー
5.0
キャラクター
4.5
設定
4.0
演出
4.5

目次

菊池一族の歴史と導入に、ミステリーであることを忘れてしまう

菊池伝説殺人事件は、殺人事件というタイトル通りミステリーで、導入で早速殺人が起きる。

しかし、画面が変わり、藤田編集長が浅見光彦に例のごとく仕事の依頼をするというノホホンとしたシーンに切り替わるのだが、その藤田の依頼が、歴史好きなら冒頭の殺人事件など忘れてしまうほど興味深い。突拍子もないとでも言おうか。

菊池寛と清少納言と西郷隆盛が親戚らしい・・・という、藤田曰く、事実らしいよ?調べてきてくれという依頼。浅見はくだらないと一蹴するが、結局は調査に出かける。

私もこの藤田編集長の発言については、まず恥ずかしながら菊池一族についての歴史的知識が全くなかったことや、清少納言と西郷隆盛と菊池寛が、生まれた時代(特に清少納言と残りの男性二人)に隔たりがあるので、何を根拠にこんなことを言うのだと信じがたかった。

しかし第一章を読み進めていくと、それなりに親戚らしいと思われる歴史的事実が書かれている。これは本当なんじゃないか。そんな気がしてくる。そして、この根拠は、内田氏の史実を脚色し、うまいこと真実っぽくした作り話だろうと思っていた。内田氏の自作解説にも、この面白い説がどうやって生まれたのかは触れられていない。

しかし、インターネットで調べたところ、菊池寛氏のご親戚と思われる方のブログに、菊池寛氏自らがそう言っていたと書かれていたことが判明した。内田氏も恐らく、このご親戚の証言を基にして物語を創作されたのではないだろうか。こういった歴史的も壮大な話から、ミステリーが生まれてしまうのは少し不思議な感じもするが、浅見光彦が「旅と歴史」という、土地の歴史を扱ったルポライターだからこそと言えるだろう。

ヒロインとの出会い方が珍しい

この物語のヒロインと浅見の出会い方は非常にシリーズ中でも珍しい。大体仕事上接触すべき相手だったり、事件の被害者の家族として事情を聞くために出会うことが多いのだが、この作品に限っては、ヒロイン菊池由紀とは取材で九州に向かう道中、列車の座席がずっと隣同士だったという奇縁による。

しかも、この菊池由紀がよりにもよって、浅見が取材する菊池一族の人間であった。ちょっとこのあたり、偶然が過ぎるような気もするが、こういった出会い方は鉄道ミステリーでおなじみの西村京太郎氏のような手法で、内田氏の作品では珍しいように思う。

しかし偶然が過ぎたために、普段はその端正なルックスや紳士的態度から、第一印象はかなり好感度の高い浅見が気味悪がられているのはかなり気の毒である。

おかげで取材と同時に、浅見は殺人事件に首を突っ込むことになるのだが、菊池一族の歴史などが所々挿入され、熊本県菊池市や、菊池一族のことに興味を覚えるユニークな構成になっている。

トリックにはあっと驚かされるが、動機が・・・。

この作品は歴史を扱ってはいるものの、壮大な歴史ミステリーというより、意外に巧妙なトリックが仕掛けられている。しかもそのトリックが意外にも単純な、浅見自身も考えすぎて推理の基礎の失念に驚かされるようなものであり、巧妙でややこしさがあるのにその仕掛け方自体は周りの心理の裏を突いた単純なものであるという点については非常に面白い。

内田氏はこういうものを、最初から考えて書いてるのではなく伏線を回収しながら思い付きで書いているようだが、天才としか言いようがない。

動機自体には、菊池一族の歴史や伝説に対する子孫たちの考え方が関与しているので、歴史に関わるミステリーと言っていいかどうかという点だが、どちらかというと、一族の誇りや重厚な歴史が問題なのではないように思う。この作品の殺人の部分は、歴史より、見栄や家柄差別など、現代のあるまじき偏見が問題なのだ。

正直、作品を読み終わった後、自分の知らぬ歴史的知識を深められたことについてはこの作品の面白さを感じたのだが、殺人の動機については、こんな理由で人を殺すだろうか?という動機の甘さみたいなものを感じてしまった。もっとも、今の凄惨な殺人事件には、こんなことで人を殺すなどありえないというものばかりなのも事実だが、そういう理不尽な物ですら、背景にむしゃくしゃした気持ちによる八つ当たりや、生育環境による人格形成の問題、怨恨など色々あったりする。

しかし、この作品の動機は、あまり殺人を犯すことで何かメリットがあるとか、背景にある気持ちにどうも理解しづらい部分があり、全く殺人をする必要性を感じない。

そういう意味では、動機を掘り下げる視点というより、差別意識への内田氏なりのアンチテーゼなのだと思って読んだ方が、しっくりくる。

浅見ならではの決着の付け方

刑事やそれなりに事件を解決する責務がある仕事をしていたら、その事件から目をそらすことはできないだろう。しかし、この作品では、半ば趣味で探偵をやってる浅見だからこそできた、浅見らしい事件からの脱却をしている。今までも、浅見は立場上事件の解決までつきっきりというわけではなかったことはあったものの、今回の事件からの去り方は、少しシリーズ内でも珍しい方法かもしれない。

浅見は刑事やそれなりの肩書があった方が、手腕を発揮できるのではと思うものの、彼のあまりに感傷的な性分では、その責務が苦痛になって長く続かないかもしれない。本業ルポライターの副業探偵がちょうどいい、という彼の性分を、この作品は見事に表現している。

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