実は恋多き青春だった十津川警部のほろ苦い思い - 十津川警部「初恋」の感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

十津川警部「初恋」

4.504.50
文章力
5.00
ストーリー
4.50
キャラクター
4.50
設定
4.00
演出
4.50
感想数
1
読んだ人
1

実は恋多き青春だった十津川警部のほろ苦い思い

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
4.0
演出
4.5

目次

俺って祟られているかも!?と思いかねない、恋人たちの受難の数々

十津川警部は40歳で結婚した、どちらかというと晩婚の男性だ。

シリーズを読み始めた頃は、単に女性にモテないタイプが、仕事一途で女性に興味がないのだと思っていた。仕事熱心で婚期を逸してしまったというのはあながち間違いではないようだが、モテないタイプだという憶測は、多くの作品を読み進めるうちに間違っていたことに気づく。

この作品のタイトルが初恋ということは、作中の女性原口夕子が十津川警部の初恋の相手らしいが、同じ大学時代、「甦る過去」の角田美津子とも恋仲だったらしい。

原口夕子はシリーズ中2作登場していることから思い入れがある女性なのだろうが、結構悲惨な事件に巻き込まれているし、角田美津子も殺人事件に遭遇し、猟奇的ともいえる方法で殺害されてしまった。

直子夫人と出会う前に、「イブが死んだ夜」では、婚約者の岩井妙子が事件に巻き込まれ殺害されている。自分がかつて愛した女性が複数殺害されるなど、そう経験するものではない。

十津川警部の婚期が遅れたのは、婚約者岩井妙子の一件で参ってしまったからという憶測もあるが、自分に関わった女性が悲惨な目に遭っていることを考えると、うかつに女性に近寄っていいものか躊躇していたのではと思う。

直子夫人に限っては、殺害されることはないものの、殺人の疑いで拘束されたり、誘拐されるなどの災難はかなり頻繁である。十津川警部と運命を握る西村京太郎氏に保護されているのか、直子は健在なのは幸いだが、受難率は同僚の亀井刑事の奥さんよりはるかに上だろう。

今後も原口夕子のような女性が出てくるのか、実は恋多き十津川警部の過去に妙な期待も生まれる。

未練がましいのは男ではなく女だった!?

一般的に、恋愛において未練がましいのは男性の方だとよく言われる。初恋の女性や恋が破たんした後も、相手の女性がいつまでも自分を思ってくれていたらと妄想したり、どこかで一度恋仲になった女性の心は自分のものだと思い続けたい心理があるらしい。

しかし、十津川警部の恋愛に限っては、女性の方が未練がましいというか、厚かましさすら感じる。

「初恋」の原口夕子は、「江ノ電の中の目撃者」に続いて、ご無沙汰していた学生時代のほのかな恋の相手の十津川に二度にわたって頼っている。いくら刑事になったからと言って、卒業後大した付き合いもないのに困った時に美しい思い出を利用するのはやや狡猾なようにも感じる。

同様に、「甦る過去」の角田美津子も、17年以上もご無沙汰していて、十津川自身美津子の名前すら忘却の彼方になりかかっていた所を助けを求められたのだ。

詳細は後述するが、原口夕子に至っては、警視庁勤務の十津川に気にかけてもらえるようトリックまで仕掛けるのであるから呆れる。(しかもそのせいで1人死んでしまう)

十津川警部は、頼まれると断れぬ性分があるお人よしとか、おだてに弱いとか、そんな性分がある男性だったかもしれない。

十津川は夕子に初恋の頃の女性像を保っていてほしいという淡い思いはあっても、自分の方から自分の事情にご無沙汰している学生時代の思い出の女性を巻き込むような人物ではない。しかし、逆に巻き込まれる方は?と言ったら、懇願され頼りにされたら、管轄外の事件でも気にかけてしまうタイプなのではないだろうか。

そんな生真面目な性分を、遠い記憶の中でしか生きていないはずの女性に利用されてしまいやすいのは、警察という商売柄とはいえ因果なことである。

犯罪の隠ぺいだけがトリックではない

基本ミステリーでは、犯行の方法や犯人を警察に特定されぬよう、捜査をかく乱する目的で犯人側が色々なトリックを仕掛け、それを解いていくという楽しみがある。

しかしこの作品では、冒頭に起こる十津川を訪ねてきた弁護士崎田が殺害される事件は、犯行の隠匿ではなく元々は十津川に事件として興味を持ってもらうためのトリックという手法が用いられている。

どの作品でも、一度病死や自殺で解決してしまった事件を蒸し返し、殺人事件として再捜査することは、相当難航するもののようだ。そこで、おやっと思わせる怪しさを故意に持ってもらって、再捜査を頼む、そんなことを夕子は考えていたようだ。しかし実際には、これだけでは十津川は動かなかったろう。彼が動いたのは、話を持ってきた崎田が、殺害されてしまったからである。この件は夕子にとっては誤算だったようだが、結果的には崎田が東京で殺害されたことで、十津川は捜査を正当に行うことになる。崎田殺害の犯人とすれば、証拠隠滅のはずが墓穴を掘った形になった。

最初から冒頭のトリックが犯人につながると思って読んでいると、いい意味で面食らい、新鮮な驚きがある。

長い長い手紙

この作品の原口夕子の最後の手紙は圧巻である。原稿用紙にしたら恐らく十数枚にはなろうかという長文で事の顛末や自分の心情をつづっていて、納得いく結末になっている。こういうのを夢落ちならぬ「手紙落ち」とでも言おうか。もはや大学のレポート並みの文章だが、母として女として、女将としての強さ、弱さが総括されたものだった。夕子には恋人が他にいたようだが、最後に手紙を託すのに、信頼に値するのが十津川しかいなかったのだろう。

一見孤独なようであっても、自分の最後の言葉をウソ偽りなく残したいと思える相手がいたことはうらやましい気もする。「初恋」は、旅情や鉄道ネタは扱ってない物語だが、学生時代の思い出を経て、別々の道を歩いてきた男女の、置いてきてしまった感情はもう戻らないという現実を感じる。ミステリーであると同時に、時間の非情さが物悲しい作品だ。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

十津川警部「初恋」を読んだ人はこんな小説も読んでいます

十津川警部「初恋」が好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ