A LOT OF PEAPLE
目次
6人の人生がリンクしあうストーリー
この作品は登場人物たちの生活がそれぞれとリンクしていくタイプの物語だ。誰かが誰かの人生につながっているこの手の話は、登場人物に魅力がなければ全てが駄々崩れしてしまう危険があるけれど、今回の作品は全ての登場人物たちが身近で、だからこそ感情移入してしまう魅力にあふれていた。
正直、皆その辺にあふれている人たちだ。引きこもりに近いフリーライターの博は初対面の人とは話せても、知り合いと話すことにひどく億劫になってしまった人間だ。デブだからゆえいじめられた経験をもつ小百合は、意外にも男性には事欠かない。うまく誘い出して手作り裏DVDを作成し、副業としている。あとは風俗専門のスカウトマン。女性に働いてもらうことが自分の収入に直結する彼は、あまりその職業には似つかわしくない良心を発揮して女性たちを癒している。
他にも登場するあわせて6人のキャラクターが生き生きと(実際には粘着質な動きもあるのだけど)個性豊かに動き回るこのストーリーは奥田英朗得意技のものではないだろうか。
「無理」でも多くの登場人物たちのキャラクターが交差し、物語に深みを与えていた。今回の「ララピポ」は「無理」や「邪魔」ほどシリアスではないけれど、それでも十分人生のリアリティが描かれている。コミカルながらもどこか情けないこれらの人々の中に、読み手は自分自身を見出すところがあるのではないだろうか。だからここまでリアリティを感じるのかもしれない。
とは言え、良枝に自分自身を見出したくはないけれど、どこか暗い部分は共通するような気がする。
また女性目線でのストーリーの展開も全く違和感がない。「無理」でも「邪魔」でも思い悩む女性の心理が緻密に描写されていた。書き手は男性なのにどうしてここまで女性の心理が描けるのか。作家の想像力は奥深いものだと思う。
フリーライター 杉山博の場合
フリーライターとして生計を立てている杉山博は、初対面の人間と会うのは平気でも昔からの知人に会うとなると途端に緊張してしまうようになってしまった。それも30過ぎてからだ。結果ほとんど家の中で過ごしている。経済状況は逼迫しており仕事を増やしたいのだけれど、意味のないプライドが邪魔をして仕事相手にそれを伝えられないでいる男だ。
彼がどんな男かというところは、ストーリーの要所要所でうまく描写されている。なぜこんなに知人と会うのに緊張するのか、理由を考えようとしても面倒臭いのでそのまま放置するところとか、夜遅くにカロリー過多のドーナツを食べるところとか、一日1500円で生活しようとする危機感のなさとか。こういう描写が回りくどいキャラクターの説明をせずとも、博がどんな男なのか想像することができる。また無駄なプライドがそこかしこから見え隠れするところから見ると、自分が相応の扱いを受けていないことに対しての恨みのようなものを世間に抱いているようにも思えるが、そのストレスは意外なところで発散できていた。自分の部屋の上に住む若者の性生活をのぞくことだ。しかしいかにも現代風なその若者が綺麗な女性をとっかえひっかえ部屋に連れ込んでいるのに比べると、名門大学を出ているにもかかわらずこうなってしまっている自分の惨めさが際立ち、更に博は対人恐怖症をこじらしていくところが情けないながらも、恐らく自分ではどうにもできない負のスパイラルに巻き込まれているようで、なんとも気の毒にもなってしまった。
また自分を抑制できないタイプとはなんとなく分かっていたけれど、博が体重120キロということがわかるのはストーリーが大分進んだあとだ。あれは奥田英朗にしてやられたところだった。
風俗専門スカウトマン 栗野健治の場合
街で女性に声をかけて風俗の仕事に送り込むスカウトをしている健治は、スカウトマンらしからぬ細やかさと良心がある。女性の稼ぎがそのまま自分の稼ぎに直結する以上相手に情をもってしまうと余計つらいと思うのだけれど、仕事のつらさをもらす女性たちに手作りの食事をふるまい、マッサージをし、時にはベッドさえ共にしている。その一部始終を階下に住む博に盗み聞きされているとは夢に思わず、自分のスカウトした女性の世話を焼き続けている。もちろん女性を雑に扱えば逃げられてしまうためアフターケアも仕事のうちなのだろうけど、なぜかそう思えない優しさのようなものを健治からは感じる。
トモコに付きまとう公務員を恐喝するところなんてチンピラそのものなのになぜかそういうものを感じるのは、健治のトモコに対する愛情がきちんと感じられるからかもしれない。
現にトモコと良枝が本当の親子で共にAV撮影をするとわかったとき、警察に拘留されているにもかかわらず血相変えて脱出し飛び出していく。その青臭さと良心が彼の最大の魅力だと思う。
ところでここに出てくる大村は「無理」で出てくる主婦売春を斡旋していた男とよく似ている。名前は忘れてしまったけれど、同一人物ならちょっと面白いなと思ったところだ。
熟女AV女優 佐藤良枝の場合
この6人の中で最もキャラクターが強烈なのがこの女性だと思う。43才だからそれほど中年というわけでもないのに悪意を感じるほどのひどい書かれ様に最初は抵抗があったけれど読んでいくにつれ理由がわかる。綺麗にしている人なら綺麗な年代にもかかわらず、良枝の肉体の衰えと醜さはなにも外見からのみ醸し出しているものではなかった。家はこれ以上できないくらいのゴミ屋敷、夫は無気力で会話したのもいつかわからないほどの夫婦。極めつけは、恐らくは義母がこの家の2階で死んでいるだろうということだ。
誰も協力しなかった義母の介護の末、それを放棄してしまった良枝を責めるのは簡単だけど、恐らくは良枝自身もその時に死んだのではないだろうか。身なりもかまわず、食事にも興味を持たず、潤いは若者のセックスのみというのはもう救いようもないほど病んでしまっていることは間違いがない。
しかし誰も彼女を助けなかったにしろ、病んでしまったにしろ、彼女の行動はかなり気持ち悪い。
近所の裕福な家の郵便物を開ける、2階に消臭剤を撒き散らす、といった行動以外にも一番鳥肌がたつのは、良枝の日々の生活の仕方だ。不潔極まりない。またその不潔さかげんもリアルに緻密に描写されているので頭の中でその場面が自分の意思と関係なく再現されてしまい、奥田英朗の文章力をちょっと呪ってしまいそうになるくらいだった。
登場する6人全部の特徴をすぐに思い浮かべろと言われると真っ先に思い浮かべてしまうくらい強烈なキャラクターだったのは間違いがない。
デブ専裏DVD女優 玉木小百合の場合
この女性は少し好感が持ててしまう女性だ。デブという自分のキャラクターをこれ以上ないくらい享受している。うだつのあがらない男を図書館でひっかけては自宅に引き込み誘ってはその行為をDVDに収めて、売りさばいているテープリライターだ。
この女性、小百合という儚げな名前にも関わらずかなりたくましい。そして小百合の前では日ごろの鬱憤を晴らしすっきりして帰っていく男たちを、彼女は完全に利用しているその心地よさが、共感はできないにしろ好感が持ててしまうのだ。
博に首を絞められそうになったところは危ないところだったけれど、死なずに済んでよかったと思えた女性だった。
ちなみにこの物語では、車にはねられたスカウトマンも、頭にクーラーの直撃を受けたバイトマンも、煙に巻かれた良枝も誰も死なない。みな助かるところがこの物語の雰囲気を崩していなくていいと思えた。
エッセイのような軽くて自然な文章が楽しめる作品
この作品は奥田英朗がエッセイで書くような、自由で伸びやかな文体が多く感じた。エッセイで言うような口調やその言葉に、奥田英朗自身も楽しんで書いたのかなと思える作品だった。
あるエッセイで奥田英朗が、“小説はプロットよりもディテールだ”と書いていた。私もその通りだと思う。そしてその言葉通りに「最悪」も「邪魔」もいきなり書き始めてあの長編を完成させたと言う。
きっとこの作品もいきなり書き始めて完成させたのではないかなと思った。
ところでタイトルの「ララピポ」、通りすがりの外国人が「a lot of peaple」とつぶやいたのを小百合が「ララピポ」と聞こえたところに由来するのだけど、一瞬そう聞こえるかな?とは思った。でもきっとこれは奥田英朗自身が体験したことなのだろうと思う。そしてそういう些細な経験を覚えていることこそ一流の作家としての才能のひとつなのだろうなと思う。
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