著者自ら一押しの短編集 - 他殺の効用の感想

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他殺の効用

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著者自ら一押しの短編集

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目次

著者自らが賞賛する作品たち

「他殺の効用」には、タイトルとなっている他殺の効用を含めた5つの短編が収録されている。他殺の効用は日本推理作家協会賞にノミネートされた作品ともあり、著者の内田氏自身びっくりと同時に読み返すと自身も納得の面白さであるようで、あとがきではこの作品も含め自身の作品の面白さが解説されている。

日本人は、人に贈答をする際に「つまらないものですが」と言ったり、そもそも品物を粗品と言ったり、家族のことを愚妻だ愚息だの、へりくだった言い方をすることが多く、謙遜の美学みたいなものがある。それでも最近では、つまらないものならよこすなという意見や、家族を愚妻などと言ったら、妻の権利意識が上昇している時代、へりくだりすぎてかえって無礼になりかねないという方向になってきている。しかし、それでも謙遜の美学は完全に失われたわけではない。

そういう文化で育った日本人には、内田氏のように自分の作品をあとがきで自画自賛してしまう作家は非常に珍しく映るかもしれないが、そもそも著者自身が面白いと思えぬ作品を、どうして読者が楽しめようか。内田氏が自信を思って面白いと言えるからこそ、読者も魅了されるのである。

内田氏の「面白いですよ」と言わんばかりの姿勢には、面白さ保障のようなものを感じ、好感が持てる。

事件に対する内田氏の美学

内田氏の作品には、時に鋭く社会の問題にメスを入れたり、犯人を厳しく追うようなストーリーの物もあるが、時に犯人や事件のトリックが解明されても、どうもその後の結末がうやむや、フェードアウトしてしまうような終わり方をする作品もある。

内田氏自身もこの作品のあとがきではこのことに触れており、他殺の効用、乗せなかった乗客、愛するあまりの三編がそれに該当するが、不満に思う読者もいるかもしれないと断った上で、それは自分の美学であるとしている。

内田氏は他の作品で、自分を軽井沢のセンセとして浅見光彦とは別のキャラクターとして出演させてもいる。しかし、実は浅見光彦自身が氏の分身であり、軽井沢のセンセは自身の美学なり思想なりを客観的に読者に説明するための案内人なのではないだろうか。

浅見は考えてみると容貌なども内田氏に似ているように思うし、事件を解決に導いても断罪しない方法を取る点は、内田氏を通じ浅見光彦の美学になっている。

追求しない美学に該当する収録短編のうち、浅見が活躍するのは「他殺の効用」のみだが、浅見がどこか独身主義者だったり、企業勤めが向かななったりする気質や、物事の白黒をつけるのが苦手であるという性格的側面を感じる。一見大胆不敵そうに見える内田氏にも、こんな一面があるのかと思うと興味深い。

シリーズの傾向を凝縮させた作品

「他殺の効用」は、短編読みきりなので浅見シリーズを読んだことがない人でも楽しめる展開になっている。とりあえず浅見なる人物が名探偵だという知識程度でも十分楽しめる。

浅見シリーズは、事件が軽井沢のセンセや、実は探偵業を良く思っていない母親や、警察幹部の兄から事件のきっかけを持ち込まれ、推理し、色々なハプニングや意外な真実があり、終局を迎えるというパターンがある。長編ではそこに旅情あり、ほのかな恋あり、歴史的説明があり、社会的背景がありと色々な肉付けがされている。浅見が東京を飛び出して日本全国を駆け回る事件などではそれが顕著だ。

この作品では母親の俳句仲間からの依頼を解決するという最小限の肉付けで、全ての作品の旨味みたいなものを凝縮して作られたような濃度を感じる。浅見の人間性や事件への洞察力、母親との関係など、短いながらも、このシリーズがどういう作品なのかを理解するには良作と言える。

また、前述内田氏が懸念している、終わり方が読者によっては不満かもしれないという作品の一つではあるが、受け止めようによっては終わり方が斬新だと言えるのではないだろうか。

ミステリーなのだから、終わり方もミステリアスであっていいではないか、単純にそう考えることもできる。

星新一を思わせる作品や、昼ドラのような作品も

短編の中には、まるで昼のドラマの様な短編や、ショートSFで有名な星新一氏を彷彿とさせる珍しい作風の作品もある。

愛するあまり、透明な鏡、乗せなかった乗客などは、夫婦や恋人同士の問題を扱っており、ちょっとドロドロした昼ドラ風の、女性受けしそうな作品である。

透明な鏡には浅見が関わっているが、人情味がある一方で、時折何を考えているかわからぬミステリアスな浅見の一面を見ることができ、短編とはいえ不思議な衝撃を覚える。

「ナイスショットは永遠に」は、犯罪捜査用スパコンの「ゼニガタ」が大活躍する。これも恐らくルパン三世の銭形警部のパロディなのだと思うが、ユーモアにあふれている。星新一氏っぽい作風だ。この作品が発表された2000年代初頭は、まだスパコンは夢のまた夢だったが、今この作品を読むと、今は多くの人が手にしているiPhoneのSiriという音声アシスタントを彷彿とさせる。Siriもゼニガタに負けないくらいおかしな返答をすることがあり、無機質な回答だけではなく妙に感情的な受け答えが返ってくることで話題になっている。ゼニガタが夢ではなくなった今、ゼニガタがどうなっているのか、非常に興味深い。

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