北斗神拳の伝承者にケンシロウを指名したことは適切だったのか。
目次
ジャギの怒りの正当性
北斗神拳は一子相伝の暗殺拳という設定である。ケンシロウの先代であるリュウケンは男児に恵まれず北斗神拳の伝承者候補として4人の養子を育てた(それ以外にも以前は候補となる子供たちがいたようだが…)ことになっており、最終的に末弟のケンシロウが伝承者に選ばれたのだ。3男ジャギはこの決定に大いに不満があり、伝承決定後、ケンシロウを殺そうと襲い掛かっている…
しかしこのジャギの憤怒はあながち間違いだとも言い切れないのではないか。当のジャギはクズキャラクターなので伝承者としてはありえないとしても、長兄ラオウや、次男トキは伝承者として不足があったようには思えない。特に継承時のケンシロウは修羅場もくぐっておらず、実力的にはラオウやトキ(発病前)にはとても及ばない気がする。そこでまずなぜケンシロウが伝承者に選ばれたのかを考えてみる。
理由として考えられる3つの理由
①北斗神拳創始者の正統血統だったから
リュウケンはケンシロウが北斗神拳の創始者、シュケンの末裔であることを知っており、継承者に選んだ。結局は血筋、という出来レースな説。ただ、これが理由なら最初からケンシロウ以外の養子を取る必要がなくなるので違うと思いたい。
②消去法を使った
ラオウには天下の覇者となるという野望があった。ラオウの恐怖政治は荒廃した土地を治めるために必要なもので、必ずしも悪とはいいがたい(ラオウ伝説などを考えれば、むやみやたらに敵を殺しているだけのケンシロウ以上に世紀末救世主となる可能性が十分にあった)。しかし、リュウケンはこの野望を危険だと考えている。一方のトキは最も継承者に近い存在だっただろうが、核戦争後に体を病に侵されてしまう。またトキは北斗神拳を拳法としてより、医学面で応用したいという考えだったようである。北斗神拳は暗殺拳、影の存在である。これを人のために使う、日の当たる存在にしてしまうことはリュウケンの考えに背くものだったという可能性もある。ジャギについては…言わずもがな。
ということでリュウケンに残された選択肢はケンシロウしかなかった。ケンシロウは消去法で伝承者になったのだという説。
③ユリアと恋仲だったから
ケンシロウは南斗六聖拳の将、ユリアと相思相愛の仲だった。『北斗の拳』では南斗と北斗が一体になることが世の中に平定をもたらすという伝説がある。世紀末の荒廃した時代、世の平定はリュウケンを含め、すべての心ある人の悲願だったはず。南斗の将ユリアと北斗神拳の継承者が愛し合うことが世の中に平和をもたらすのだとしたら、逆に言えば北斗神拳の継承者はユリアが愛した男でなくてはならなくなる。というわけで、ケンシロウはユリアに選ばれたから、北斗神拳の継承者としても選ばれることになったのだ、という説。
次にケンシロウが北斗神拳の伝承者だったことで起きた不具合について考察する。
天帝の血筋(リン)を拒み、危険にさらすケンシロウ
北斗神拳伝承者の本来の役割は天帝に仕えることであった。ケンシロウは知らぬ間に天帝の血筋であるリンと知り合い、彼女を助けることになる。これも運命なのだろうか。しかし、そのあとがいけない。リンはかなりの年の差があったにもかかわらずケンシロウに惚れぬいてしまう。その後、彼女はケンシロウを追って危険な冒険の旅に出、その中で幾度も命の危険にさらされる。もちろんそのたびにケンシロウはリンを救ってはいるが、最愛の人ユリアと再会したケンシロウはリンとバットを置いて、どこかに消えてしまうのだ。ケンシロウが消えた世界は再び荒廃。ケンシロウの遺志を継ごうと考えたリンはバットとともに、悪政と戦う「北斗の軍」を形成。命をさらして、人々のために戦う日々を過ごす。この間にリンを捨て身で守っていたのはバットの方である。北斗神拳の伝承者であるにもかかわらず、天帝の血を守るという役割を果たしきっていないばかりか、ある意味リンを戦いの世界にいざなったのはケンシロウともいえるのである。
さらにいえば、美しく成長したリンとケンシロウが結びつくことをたくさんの人間が望んでいる。死んでしまったユリア、リンを間近で見守ってきたバット…リンの真摯な思いを知っているからこそ自分たちの感情を押し殺して二人の幸せを願っているのだ。もしケンシロウが素直にリンの気持ちを受け入れれば、ケンシロウは生涯リンのそばで彼女を守ることができる。そして天帝の血と北斗の血が一体となり、そこから生まれる子供は正当な血統を持つ世紀末救世主として政治的にも実力的にも確かな存在になる可能性が大いにある。
しかしケンシロウはそういう事情を一切考慮しないで、リンの気持ちよりもバットの気持ち(それもバット本人は文字通り命を懸けてリンの気持ちを優先させようとしているにもかかわらず)を第一におく。リンとバットを結びつかせることしか見えていないようだ。バットがあの荒れた世界で確実にリンを守れるのか…実力的にはかなり疑問である。
北斗神拳創始者の血統はケンシロウの代で終わりそう
繰り返すが北斗神拳は一子相伝の暗殺拳である。バットも危惧している通り、ケンシロウとユリアの間に子供ができなかった以上、新しい恋人を作り、自分の血筋を残さなくてはならない。修羅の国にわたり、自分の中に北斗神拳創設者の血が流れていることを知った後ではなおさらだろう。なにせ実兄のヒョウは死んでしまったのだから、創始者の血統はもはやケンシロウしか残っていないのだ。ところがケンシロウには新しい恋人を作ろうという気がまったくない。候補としては天帝の血筋として由緒正しい家柄のリンが慕ってくれているが、前述のとおりいかにリンの気持ちが強くてもケンシロウにはまるでその気がないし、ユリアに似ているとされるマミヤに対してもそう。ユリアに対する愛が強すぎるのか、別の女にはまるで興味がないようなのだ。確かに北斗神拳は愛を知ることによって強くなる拳法。しかし、一人の女への思いが強すぎるケンシロウによって、北斗神拳宗家の歴史は終わってしまうだろう。
リュウの教育投げっぱなし問題
そうするとケンシロウは師リュウケンに倣って養子をとるなどの方法で次期伝承者を決めなくてはならない。作品の中で次期伝承者候補と言えば、ラオウの息子として登場したリュウ。しかし、ケンシロウのこのリュウへの扱いは非常に中途半端。まず、途中までラオウのもと部下であるハクリ夫婦にリュウを預け、少年になるまでは一切かかわっていない。少年になったリュウを迎えに行ったものの、リュウケンのように特別な修行をするわけではなく、ただ一緒に旅をし、悪党を退治する様を見せるのみ。そのときリュウはたしかに北斗神拳の一端を垣間見てはいるものの、それだけで北斗神拳伝承者の実力を身に着けるのは難しいだろう。とはいえ、ずっとそばでケンシロウを見続けていれば、ラオウの資質を受け継ぐリュウのこと、そのうち技を盗むこともできるようになったかもしれない。それなのにケンシロウはすぐにリュウの前から姿を消してしまう…。どのぐらいケンシロウとリュウが一緒にいたかはわからないが、リュウの見た目が全く変わっていないので、ほんの1年かそこらだったのではないだろうか(あの年頃の少年は数年会わなかっただけで見違えるほど大きくなるものだ)。一体何しにリュウに会いに来たのか、不思議になるレベルである。これでリュウに北斗神拳を継げというのは無茶な話だろう。北斗神拳は本格的に後継者難に陥ってしまう。
ケンシロウは北斗神拳を滅ぼしたいのでは?
こう考えるとケンシロウが北斗神拳を継いだことは失敗だったように思える。しかし別の見方をすることもできる。ケンシロウには意図がある、ケンシロウは実は北斗神拳を滅ぼそうとしているのではないかという見方だ。
北斗神拳の歴史はかなり血塗られている。伝承者をめぐり、兄弟間で殺し合ってきたのだ。また北斗神拳は一子相伝なため、選ばれなかった人間の末路は悲惨。選ばれた人間も数々の戦いを余儀なくされる。伝承者のケンシロウは沢山の悲しい戦いを乗り越えて強くなった。荒廃した世界で北斗神拳が人々を救う手段になることは確かだが、その一方で間違った使い方をすれば殺戮や専制を招くということをケンシロウは身を持って体験してきたはずである。それらを考えるとケンシロウがもはや北斗神拳はこの世に必要ではないと考えるに至ったのもうなずける。子供を作らないのも、養子をとらないのも、ケンシロウが北斗神拳を自分の代で終わらせてたいからではないだろうか。
北斗の拳のラストで、ケンシロウは「俺の墓標に名はいらぬ」と言う。しかしもし北斗神拳を次世代に伝えれば、ケンシロウは先代北斗神拳の使い手として祀り上げられることになるだろう。このセリフはケンシロウが北斗神拳を自分とともに葬り去り、この世からなくしてしまおうとする意志の表れなのではないだろうか。
これからの時代を切り開くのは暗殺拳などではなく、人の力。そう考えているからこそ、ケンシロウはリンをバットに託し、自分は荒野に消えようとしたのかもしれない。
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