内田テイストの古典的ミステリー
珍しい「閉鎖空間」でのミステリー
アガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」のオマージュのような作品であるが、全国を飛び回って活躍している浅見が、陸の孤島と化した建物内での連続殺人に挑むという話はとても珍しい。同じようなシチュエーションとしては、豪華客船飛鳥内での「貴賓室の怪人」などがあるが、後から次々に新たな登場人物が出てくるミステリーと違い、限られた登場人物の中に犯人がいるという点に面白さがある。
ミステリーとしては古風な形式の作品かもしれないが、先にプロットを作らずに小説を書く著者がどういう結末を考えているのか、閉鎖的だからこそのスリルを感じる作品である。
登場人物が非常に個性的で目に浮かぶ
書籍の文章というのは、紙に黒い活字が並んでいるので、一般的には色はない世界で、読んだ情景を脳内で変換することで読者は情景を楽しむものである。
この作品は、招待客が有名人という事になっているせいか、もしかしたらこの俳優は実在のこの人がモデルになっているのでは?と思える描写も多い。そういう意味では脳内実写化ができそうな作品なので、人物の風体などもイメージしやすく、活字なのに色つきのイメージができる面白さがある。
登場人物の赤塚三男から、若かりし頃の明石家さんま氏を想像した人も多いのではないだろうか。また、他の登場人物も、実在の大物俳優や女優などのイメージを、総合的にデフォルメした様な個性的な人物が多く、書き分けと人間関係の描写が見事である。浅見の様なレギュラー化した登場人物でなくても、殺人が起こるとびっくりしてしまう構成になっているのは、キャラクターがしっかり立っているからに他ならない。(中でも赤塚三男はキャラクターの中でもよく描かれている)
キャラクターが死んでもさほどショックを受けない作品事例として、バトルロワイアルⅡ鎮魂歌がある。こちらは実写映画であるにもかかわらず、観ている側に全くキャラクターの個性を感じさせる描写がないため、登場人物が凄惨な死に方をしてもいまいち心が動かない。そういう点で一作目と大差が付けられてしまった事例であり、内田氏の終幕のない殺人と無関係な作品ではあるが、表現の面では非常に対極にあると感じるのだ。
被害者が一人でないように、犯人も・・・
連続殺人が起こると、我々はどうしても八つ墓村のように一人の殺人犯を追求してしまう。しかし、実際社会の中で、一人の人間が周囲の人間すべてを憎悪している事例より、そこに渦巻く色々な人間関係があり、人の好き嫌いも色々なのが自然な状態である。そういった社会の縮図が、今回のこの密室の殺人事件では、犯人探しの謎解きのヒントになっている。内田作品には、常にミステリーに対する固定観念をひっくり返されることが多いが、終幕のない殺人も、まさしくそんな一冊で、いい意味で読者の期待の斜め上を行く作品である
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