春夏秋冬をなぞらえるかのような登場人物 - 窓の魚の感想

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窓の魚

3.633.63
文章力
3.88
ストーリー
3.38
キャラクター
3.63
設定
3.38
演出
3.50
感想数
4
読んだ人
4

春夏秋冬をなぞらえるかのような登場人物

3.53.5
文章力
4.0
ストーリー
3.0
キャラクター
3.5
設定
3.0
演出
3.5

目次

女性に売れた本 第4位という帯が目に付く1冊。

「窓の魚」というタイトルからは想像も付かない世界が拡がっていました。

まず読み終えた感想は「怖い」。

とにかく「人間が怖い」。しかし、誰もが持ち得そうな部分でもあるのです。

ナツ

ナツは不安定です。捕らえどころがなく、時にフッとその場からいなくなってしまうような怖さと弱さを孕んでいます。

本当か嘘か分からない記憶や幻想に翻弄され、心も身体もすり減らしていきます。

それはナツ自身の性質でもあり、付き合っている相手であるアキオの歪んだ愛情のせいでもあります。

「生」に対してアツくなれずに、どこか生と死の間を行ったり来たりしているような感覚のナツはまるで蜃気楼に歪む「夏」の陽炎のようです。

生と死の狭間に生きているからこそ、そのどちらにも実は誰よりもアツく生きているのかもしれません。

トウヤマ

タバコに依存している青年です。

ぶっきらぼうであたりが強い彼は、まるで北風のようにいじわるで、そばにいるものをいとも容易く一蹴していきます。

我というものを強く持ち、その心の赴くもの以外は動きません。

時に断ることや声を掛けることですら億劫に感じます。

しかし、彼にも彼の中で消化できない事象があります。

働いている飲み屋に来る刺青を持った女性に心も身体も振り回されています。

自分でその心をコントロールすることもできずに、やきもきしながらそれをタバコで消化しようとしますが、そうはうまくいかないものです。

冷たく振舞うようで、実は根っこの部分では寂しさを感じていて、人一倍温かさが恋しいのがトウヤマなのではないでしょうか。

その姿はまるで吹きすさぶ寒さに暖を求める「冬」のような人間なのです。

ハルナ

一見、気の利く女の子らしい女の子というイメージですが、その実は取り繕われたもので成り立っています。

醜くて毛嫌いしていた母親から受け継いだそっくりな自分の顔を憎み、整形でその姿を正当化しています。

どこに本物があるのか、本質があるのか、それを見せることなく、他の女性と自分を比べ、それが逆に一番女性らしいと感じさせます。

どこか自分が勝っていないか、人に自分がどんな風に見られているのか、いつでも不安で、自分の醜さをその分理解しているのです。

だからこそ、綺麗なものに、作られていないものに惹かれ、トウヤマにもアキオにも惹かれてきました。

厳しい冬を知っているからこそ、華やかに花開こうとするのは憂いを含んだ「春」を感じさせます。

アキオ

自分の胸の傷、そして、そのせいで過ごしてきた少年時代の心の傷をずっと背負ったまま大人になれないのがアキオです。

不能を抱える自分の身体を呪い、そのたがを外したい念に常に駆られています。

また会えずして亡くなった弟に未練を抱き、付き合っているナツにその姿を重ねています。

その未練は歪んだ愛情となり、薬を使ってナツの生と死を操ることで優位に立つ、命を握ることに快感を得る変態性を持っています。

その傷のせいで、少年時代は体育の授業を受けることも、鬼ごっこも叶いませんでした。

大人になった今でも、お酒があまり飲めないなど、コンプレックスは続いています。

誰でも自分だけのコンプレックスは持っているのではないでしょうか。

どこか大人になりきれないアキオは夏の楽しげな雰囲気と冬の陰鬱な雰囲気の両方を混ぜ合わせたような「秋」の空気を感じさせます。

いつでも夕暮れる準備はできていて、冷たい心へ向かうのはいとも簡単といったような性質を持っています。

アキオを見ているとどこか湊かなえさんの「少女」を思い出します。

「人の死ぬ瞬間が見たい」

このフレーズが印象的なのが「少女」です。

アキオもどこか生よりも死の間際に執着しているような危うさを感じます。

それはアキオ自身の傷に求めていることでもあり、弟を重ねたナツに薬を飲ませることで求めていることでもあります。

「死」を意識することで、燃えるように「生」への意識も強め「生」と「死」を、自分と言う存在を強めようとしているのではないでしょうか。

さいごに

主要登場人物は4人。

その全ての名前に四季が含まれています。

物語の中では四季は移ろいませんが、展開・人間模様は大いに移ろっていきます。

どの季節もどこか寂しさや儚さを感じるものです。

同じようにそれぞれから人間の寂しさや儚さを感じる1冊でした。

何も抱えずに生きている人間はいないのかもしれない。

いや、抱えているものの大きさは違えど、いないのでしょう。

それを隠しながら、それでも上手く生きていくのが人間世界の日常であり、当たり前になっています。

そんな当たり前を色濃くして、掘り下げて書くことで、知らなかった自分、いや、本当は知っているはずの自分を前面に押し出してくるような本でした。

読者は登場人物の1人1人のどこかに引っかかる部分があるのではないでしょうか。

その心の取っ掛かりを逃さずに物語に引き込むのが西加奈子さんの上手な世界観の作り方と文章力、人間描写の妙だと感じました。

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