救いの糸を、我欲す
神の嘆き、亡者の愚か
ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。
この有名な一文から始まる小説「蜘蛛の糸」の物語を知らない日本人はまずいない、既に芥川龍之介の作品は著作権が消滅しているのでこの物語も青空文庫にて無料で読むことが出来る。ここであらすじを書かなくとも知っていることでしょうけれどざっと書けば、美しい蓮の花が咲き乱れ良い香りを漂わせる池のふちにお釈迦様が散歩の途中、その中を覗いてみるとそこからは地獄の底が見えた、三途の川や針の山が見える透明度の高い綺麗な池から見えたその景色にお釈迦様はある男が目に留まる。その男は人を殺し家に火をつけ泥棒を働いた罪人のカンダタ。そんな男が唯一良い事をした、それは蜘蛛を殺さずに助けてやったこと。お釈迦様はカンダタを見ながらその行いを思い出し善い行いをした報を出来るならとカンダタを救うことに、蓮池で見つけた蜘蛛の糸をそっと取り池の中へと垂らしました。それを見つけたカンダタは糸を登っていくけれど他の亡者たちも一緒になった登って来る、自分だけが助かろうと醜い争いをしているうちにか細い蜘蛛の糸は切れてしまい亡者たちは血の池に沈んでいく。
この物語の教訓はとても理解しやすい、自分ばかりが助かろうとして他人に無慈悲になってしまうと自らも罰が当たる、子どもにも分かりやすいように作られたこのお話は絵本にもなり教科書にも載っている。危機的状況で一縷の救いが見えた時蜘蛛の糸を掴む、なんて例えの言葉も生まれるほど有名で芥川龍之介の小説を読んだことがない人でも「蜘蛛の糸」くらいは知っている分かりやすい教訓本とでも言える物語。他人にも慈悲の心を持って接する大事さを教えてくれているが、神は蜘蛛を助けたという些細な善い行いだとしても人を助けてくれることがある。時にどんな人でも乗り越えられそうもないどうしようもない辛い困難に直面する、そこから救い出してくれる蜘蛛の糸がもしも垂れてきたのなら見逃さず掴んでほしい、救いの手が差し伸べられない困難などないのだから。ただその蜘蛛の糸を自分だけ助かる為のものだと思ってしまわないように…。
文豪、芥川龍之介という男
顎に手を置き口元には不敵な笑み、端整な顔立ちが何とも魅力的な白黒写真が印象的な芥川龍之介という男。1892年(明治25年)東京市京橋区入船町8丁目(現中央区明石町)に長男として生まれる。11歳で母と死別し叔父の養子となり芥川姓を名乗る。その後は勉学に励み一学年数人しか合格者を出さない超難関の東京帝国大学文科大学英文学科へ進学。処女小説「老年」を発表。夏目漱石門下に入り卒業後は大阪毎日新聞社へ就職し創作に励む。二人男一女をもうけた。大の喫煙家で一日に180本もの煙草を吸っていたとか、その後神経衰弱・不眠症の治療の為二度目の湯河原での湯治、次姉の夫が保険金詐欺の疑いをかけられ自殺後、その借金を背負うことになり追いつめられた芥川龍之介は秘書の平松麻素子と帝国ホテルで心中未遂事件を起こす。晩年はドッペルゲンガーを見たらしくそれはもしかしたら神経衰弱などのものによる幻覚かもしれない。二度目の自殺は1927年7月24日の未明、致死量の睡眠薬を飲み自殺。「水洟(みづぱな)や 鼻の先だけ 暮れ残る」という辞世の句を残している。
自殺直前には自殺をほのめかす言動を残していたとされている。師である夏目漱石を尊敬し続け「先生」として小説にも多々登場した。あまりにも波乱万丈な一生を自らの手で終えるという最期は文豪の特徴だろうか、今でも新人文学賞「芥川龍之介賞」という最も有名な文学賞にも名前が使われるほど愛され続けている芥川龍之介、その人生という物語さえも一篇の小説に出来るほど波乱に満ちたものだった。生き様まで小説になってしまいそうな人生を送った日本を代表する文豪の一人、彼の作品は今でも愛されている。
子どもから大人まで、物語に教訓あり
「蜘蛛の糸」「猿蟹合戦」は言わずと知れた絵本にもなっている物語、黒澤明監督により映画化もされた「羅生門」もとても有名な作品の一つ、その他「芋粥」「地獄変」などは大人向けと言ったところだろうか、短編小説の傑作がとても多い彼の作品は初期と晩年で題材とされているものが変わっているというのも特徴的。その作品を書いていた当時の自分の状況が反映されたものが多い、犬嫌いであったが死の直前辺りでは何故か犬が怖くなくなり犬を主人公とした作品を書いていたりとまるで彼自身のことをそのまま小説に反映されている。二度もの自殺を起こし二度目は成功してしまった彼の生涯、死の間際に思ったことを書いた小説は残念ながらない。最後の作品「続西方の人」を書き終え服毒自殺を起こした。その小説はキリシタン物となっており彼自身の何かは書かれていない、どうして自殺を図ったのか、有名な文豪は自ら命を絶つということがデフォルトとなってしまっているが何故なのか明確な理由がないところが更に読者を惹き付ける魅力となっている。
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