戦前の革命文学
地獄の囚人たち、ここは海の上の監獄
「おい地獄さ行ぐんだで!」その一言から物語は始まる。その船は刺すように冷たい強い風が絶え間なく吹いているオホーツク海に漂っていた、「博光丸」はその名の通りまさに地獄のような場所。そこでは劣悪な環境で強制労働をさせられている男たちがまるで囚人のように働いており次第に感情は崩壊、人間としての尊厳を失っていきただ管理されている。その囚人の頂点に立つのは権力の名の元に君臨する暴君・浅川監督。この絶対支配者を倒そうと次第に男たちは立ち上がる。
蟹工船とは戦前、オホーツク海のカムチャッカ半島沖海域で漁を行い漁獲物の加工設備を備えた大型船のこと。タラバガニを漁獲してすぐに缶詰にする作業を船内で行っている船、作中の舞台である「博光丸」はモデルとなった「博愛丸」という船が実際にあり、この船は元は病院船であるが北洋工船蟹漁をしていた。日露戦争時に病院船として使用されたのちに蟹工船として改造された、小説の「蟹工船」のように「博愛丸」でも作業中に労働者へのリンチや過酷な労働により死者が出ている。この船は太平洋戦争時に軍需品を輸送中に米軍の潜水艦の雷撃を受け沈没。39名が死亡した。小説のモデルとなった「博愛丸」でももしかしたら作中よりも過酷過ぎる労働と扱いがあったかもしれないと想像するとあまりにも非道だ。現代で言うブラック企業とでも言う「博光丸」は日本帝国という自由も権利も何もない時代を隠さず表している。存在した海上の地獄、そこに差し込んだ一縷の自由への希望の物語。
プロレタリア文学の最高峰、今の世も「蟹工船」
1929年昭和4年に発表されたこの作品は国際的にも評価が高い「プロレタリア文学」と呼ばれる作品。プロレタリアの意味は賃金労働者階級、無産者階級。和訳すればプロレタリア文学とは労働者の文学。プロレタリア文学は社会主義思想や共産党主義思想など当時は国家に弾圧されかねない言わば戦前の革命文学とも呼ばれた。作者である小林多喜二氏も「蟹工船」を発表したことにより国家の敵とみなされ最期は拷問によりこの世を去った。最後まで文学で社会変革を行おうとした一人でもあった時代背景からも「蟹工船」で書かれる絶望的な環境下で毎日毎日ただ過酷な労働だけを繰り返す人形になっていく人たちの言葉では表しきれない酷い扱いは、戦前の貧困層の労働者の姿をそのまま書かれている。現代でも非正規雇用の増大や低賃金で長時間労働、劣悪な環境での仕事で人として扱われない労働環境に耐え切れずに起こる自殺、今では英語辞書にも「過労死」という言葉が載っている現代の日本の労働も「蟹工船」と何ら変わっていない気がする。幾ら残業の見直しやら格差をなくそうと訴えても日本は働きすぎていると言われるほど労働に関して他国の労働について比べてみればあまりに酷すぎる。今のままでは更に貧困層が増え賃金は下がり労働時間は長くなり、「働く為に生きている」そんな地獄としか言えない時代になってしまう。ただでさえ少子化の世の中で日々若者が「過労死」「仕事に耐え切れなくなり自殺」などで更にいなくなっていったら日本という国は見かけだけ美しく綺麗な国でも裏を覗けば張りぼてで時代遅れの国。たとえ国家を敵に回しても文学で抗った小林多喜二氏やその他プロレタリア文学を書き続けた作家たちが現代を見たら何も変わっていないと嘆くような日本、結局この国は何も変わっていないと言われてしまうような今の世の中はまだ「蟹工船」の中のようだ。でもそんな中でも今を変えようと誰かが立ち上がるのも待っている。
「もう一度だっ…!」
2007年から2008年に改めて評価をされベストセラーとなった後、2009年に映画化した。そもそも「蟹工船」の再熱ブームに共感した方もしなかった方も勿論いて評価はそれぞれ。私はその「蟹工船」の再熱ブームをそもそも知らなかった。初めて「蟹工船」を読んだ時は逃げられない船の上で貧困層と労働者たちが自由を妄想し発散しきれない性欲処理を同性同士で慰め合い、そして毎日毎日止まらない歯車のように同じことをする。そんな中で一人が立ち上がり状況が変わっていく、一度ダメでももう一度と何度でも立ち上がり絶望に打ち勝つ日まで戦い続ける男たちの様に引き込まれた。映画化ともなるとやっぱり物語は若干変わっているのかと気になり映画を視聴、名俳優の二世・松田龍平さんを主人公に同じく二世の柄本時生さん、新井浩文さん、高良健吾さん、その他名バイプレイヤーが数名。浅川監督は西島秀俊さんで中々はまり役だった。でも西島さんの浅川監督はあまりにイケメンすぎて小説のイメージではなかったけれどそれはいい。何で赤く染まったのか汚い白のロングコートと白のシャツにサスペンダーのついた白のパンツ、棍棒を杖代わりに持ち手酷い制裁と国家の為に尽くす軍人・西島秀俊さんの浅川監督は眼福。脚色はされていたものの小説とそれなりに忠実に描かれていて楽しめた。小説は読み返したくなるようなものではないけれど映画ならざっくりと「蟹工船」がどういうものなのか分かりやすくなっていて見やすさが良い。そもそもハッピーエンドしか受け付けない人には無理な作品なので低評価は仕方がないが演技派俳優さんたちが集まっただけあって個人的な評価はとても高いものでした。
小説も映画も「もう一度だっ…!」そうして終わってしまう、文学の中で起こる戦争の終焉も現代の「蟹工船」のような状況の労働もいつか絶望の中に差し込んだ希望が勝つ日が来ることを読者は待ち望む。
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