素直な気持ちが、当たり前の奇跡を起こす
爽快が持ち味の伊坂作品のなかでは、異色作
伊坂幸太郎は不思議な作家だ。ごくふつうの、日常を描いた小説のなかにミステリーを落とし込んでくる。しかも登場人物に罠を仕掛ける訳ではなく、読者へ直接罠を仕掛けてくるのだから厄介で小にくたらしい。いたずらのように悪質で可愛らしく、難解で深い。それでも、仕掛けられた方は「やられた!」と爽快な気分になるから不思議なのだ。まるで一休さんにでも騙された気分。もしくは、足払いにかかって思いっきり床にたたきつけられたら、仰ぎ見上げたそこに天井はなく、青空が広がっていた、そんな気分。
だから筆者は伊坂作品のことを、青空ミステリーだとか一休ミステリーだとか勝手に呼んでいる。
しかし、『チルドレン』はじゃっかん、他の作品とは趣が異なる、と筆者は思っている。
と、いうのも、『チルドレン』は短編連作でありながら章をまたいだミステリーがないからだ。『砂漠』のような章をまたいだ仕掛けがある訳でもなく、日常の中に潜んだ小さな謎を各短編の軸に、時には小さなマジックとして仕込んでいる。あまりにもあっさりとしすぎていて、「いや、絶対まだどこかに伊坂幸太郎はミステリーを残している!」と勘ぐってしまうほどだ。ミステリーがミステリーを呼ぶ。もうなんだかよくわからなくなってくる。
大仕掛けのミステリーのないミステリーの主題はどこか
前項ではしつこいほどミステリーがないと大騒ぎしてしまったが、ではその抜けたぶんのミステリーを何で補っているのか、考察していきたい。
まず第一に、『チルドレン』の主軸を探っていこう。この短編連作の主役は、まず間違いなく陣内という一人の男である。
陣内は大学時代を経て、家裁の調査官となる。
陣内が語り部となる章は存在しないが、全ての物語の鍵は陣内にある。いわば本当の主役という位置にいるのが陣内だ。
実際に、「チルドレン」では少年の心を解きほぐすのは、陣内の渡した本であるし、「レトリーバー」では陣内が神がかった勘で事件の匂いを嗅ぎつける。その勘はもはやチートレベルといっても良く、この世の全ての事象は陣内に繋がっていると思っても良いほどだ(これは『チルドレン』にかぎった話ではなく、伊坂作品にこういったキャラクターが登場する確率は非常に高い)。
ではその陣内が解くものはなんであるか。
陣内は世の不条理と戦っているようにも見えるが、実際は「自分の納得できないこと」に噛みついているだけだ。言い換えれば、「人が素直になれない気持ち」と戦っている。
視覚障害者の永瀬が金を握らされたことに対して「ずりぃぞ」というのも、障害を持つ云々のレッテルを取っ払って、永瀬という本質に向き合っている陣内独特の考えに違いない。
陣内の行動は、素直になれない人間たちの心を解きほぐす。そして奇跡を起こしていく。
非行を起こしていた丸川くんの父親のライブシーンがあるが、ライブ=歌こそ「素直な人間の気持ち」の代表であろう。いわば陣内の語る“奇跡”とは、人間としての当たり前のことでありながら、実際には起きないことを表しているのだ。
面白いかと言われれば……微妙
最後に、『チルドレン』が伊坂作品のなかでどういった立ち位置にあるか言及していこう。
伊坂幸太郎といえばミステリーであるが、『重力ピエロ』や『アヒルと鴨のコインロッカー』に比べ、『チルドレン』はさほどミステリー色が強くない。
どちらかといえば『砂漠』のような、日常系ミステリー(最初の項で述べた、青空ミステリー)のような話である。
しかし、『砂漠』が大学生たちの生活を淡々とつづっているのに対し、『チルドレン』は主人公が別々の短編連作だ。
しかも、筆者が考察したように、『チルドレン』の主軸は考察していかないとわからない(少なくとも筆者にとっては)ものであって、やや難解であった。
こうした面から、『チルドレン』は伊坂幸太郎作品のなかでは異色の立ち位置にあり、ややマイナーな作品になる、と考える(『チルドレン』を愛してやまない読者がいたら大変失礼になってしまって申し訳ない)。
だが、『砂漠』や『陽気なギャングが地球を回す』のような、くすっと笑える伊坂ミステリーを好む筆者のような人間にとっては、やや期待外れな内容だったように思う。
伊坂幸太郎がヒットし、多くの愛好家がいるのは、伊坂がエンタメ寄りのミステリー作家だからだ、と筆者は考えている。それまで、ミステリーといえば堅苦しいばかりで、やれ殺人だ事件だという話が多いなか、日常の延長上にあるちょっとした不可思議を扱った伊坂の作品は、軽妙なキャラクターたちの語り口とあいまって独自の魅力を作り出している。ミステリーの苦手な筆者のような人間でも手に取れるのが伊坂幸太郎最大の魅力だ。
ゆえに、文学的な匂いすら醸し出すミステリー(?)の『チルドレン』は、期待外れだった……と正直に述べておこう。
とはいえ、伊坂幸太郎のミステリーは大変読みやすく、間口としては最適だ。また別の一冊を読み進めていこうと思う。
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