もう一人のヒロインの存在感
お嬢様サクセスストーリー
名門音楽大学に通う資産家の娘・史緒とアルバイトをしながらなんとか声楽を学んでいる苦学生・萌。
おそらく出会うはずのないこの二人の衝突と戦い、お互いの人生が描かれている。
最初に申し上げると私はこのヒロインの史緒という女が好きではない。なぜなら、最初から恵まれており、最終的に幸せになるのは彼女だからである。彼女は最初はお嬢様だったが、物語の序盤で父親の会社が倒産したため高級クラブのママの店でディーバとして働き始める。
(このクラブのママの息子はピアニストで2人は恋に落ちるが今はややこくなるので書かない)
そのお育ちゆえに気高く、高飛車な態度をとってしまい周りからも敬遠された人生を送ってきた彼女だが、物語が進むにつれ性格が良くなる。
そして彼女は美しい。母親は美声と美貌を誇る偉大な声楽家だった。母譲りの歌の才能と美貌を持って生まれ、周りに愛される。トントン拍子に海外留学もでき、
音楽の本場のオペラでいい役をもらい、最終的に大会社の御曹司と愛し合い結婚。
なんだか「父親の会社の倒産」により彼女は一度苦労したの!だから幸せになってもいいの!と作者が鼻の穴を膨らませて力説する姿が目に浮かぶ。
だがちょっと待て、彼女助けられてばかりではないか。クラブへの就職?ママが誘ってくれた。海外留学?御曹司が自分との結婚を条件に費用出してくれた。
彼女が自分で頑張ったことって留学先でいい役もらったことくらいじゃないか。そしてそれは彼女が「やりたいこと」でそのやりたいことのお膳立ては全て周りにやってもらっている。
もちろん彼女は純粋で清い心の持ち主である故に周りへの感謝は忘れない。御曹司への結婚式でウエディングドレス姿で感謝の気持ちを込めて歌う。
不憫なもう一人のヒロイン
対して萌。彼女は母親から虐待されて育ち(のちに和解)、アルバイトをしながら無名の音楽大学に通い声楽家を目指し頑張る娘である。
私は彼女が好きである。だからこそ作者の彼女の扱いに腹が立ってならない。彼女は物語で史緒の7倍くらいの苦労をさせられ、物語の最後では死んでしまうからである。実は純粋で素直だった史緒に対し、萌は狡猾で執念深く目的達成のためには手段を選ばない娘だった。史緒に対する態度も冷淡かつ攻撃的だった。
自分を侮辱した女の結婚をめちゃくちゃにしたり、大学教授の不倫をネタにゆすり授業料をタダにしてもらったり、20そこそこの女には考えもつかないことを平気でやった。
しかし歌を愛する気持ちとその才能は本物だった。本気で好きになった男には人には素直でかわいい女だった。美人なお嬢様である史緒よりずっと共感できた。
物語終盤、彼女は妊娠する。史緒の結婚相手である御曹司のきまぐれによって。萌は彼を愛していた。結婚できなくても一人で子供を産んで育てようとしていた。
その矢先に地震にあい死亡。やっとの思いで生んだ娘は史緒が引き取り母として育てる。なぜ彼女を最後に死なせなければならなかったのか?萌という娘は、史緒の幸せを引き立てるだけの役に過ぎなかったのか?萌を応援する一読者としてはそうではないと思いたい。
コゼットとエポニーヌ
この二人は、ヴィクトル・ユーゴ―の「レ・ミゼラブル」に登場するコゼットとエポニーヌを彷彿とさせる。勿論史緒がコゼット、萌がエポニーヌである。
私はこのミュージカル版が好きなわけだが、戦いに参加せず、マリウスと一目ぼれで愛し合い結局玉の輿に乗ったコゼットはどうしても好きになれなかった。
対して、マリウスを愛しながらコゼットとの仲を取り持ち、マリウスを庇い銃弾に倒れ死んでいったエポニーヌにものすごく共感し、彼女のファンになった。彼女の歌う「on my own」に何度泣かされたかわからない。別にコゼットは何も悪いことはしていない。ジャンバルジャンに助けられ、美しく成長しただけである。そして史緒も、悪いことは何一つしていない。周りの人に助けられ、美しい声と姿を持っていただけである。
ただ、エポニーヌや萌のように、頑張りやあがきを読者や観客に見せる場面が少なく、「応援したい」「この娘に幸せになってほしい」と思わせることのできないキャラクターであるなという印象がある。
「美しいお姫様が王子様と結ばれて幸せに暮らしました」が悪いのではない。「ただ貧しい侍女も王子様を愛していました。彼女は自分一人が働いて家族を養っていました。侍女は王子様を庇い、死んでしまいました」
というような「もう一人のヒロイン」がいた場合、一部の人はそのもう一人のヒロインを応援してしまい、真のヒロインが憎たらしく思えてしまうこともあるのではないか。
ひねくれた嫉妬を隠さないが一条ゆかり「プライド」を読んでの私の感想である。
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