一条ゆかりの集大成!人間関係ドロドロなオペラマンガ
それぞれの「プライド」の在り方
一条ゆかり先生は昼ドラのような劇的な展開や、ドロドロの人間ドラマを描いた作品が多いマンガ家さんです。
実際に作品のいくつかは昼ドラとして映像化されています。
この作品はオペラや音楽の世界が舞台ですが、やっぱり主眼は人間関係。
しかもたくさんある一条マンガの中でも1、2を争うグッチャグチャな展開が魅力です。
気高きお嬢さまの史緒と雑草のような萌がオペラのプリマドンナになるべく競い合う、というありそうでなさそうなストーリー。
このお話がありがちな女の対決物と一線を画す理由は、なんといっても主人公ふたりの性格の設定にあるのではないかと思います。
お金持ちのお嬢さまが性格が悪く、貧乏な家の出の女の子がひたむきに頑張る、これが王道のパターンなのではないでしょうか。
しかし本作はその逆。
史緒は萌との出会いの時こそ少し高飛車な態度をとっていましたが、父親の会社が倒産したことで急に性格が良くなったというわけではないようです。
自分が恵まれているということに多少鈍感だったきらいはありますが、もともと心優しく品のある女性でした。
萌に対しても卑怯なまねは一切せず、常に努力と正攻法でチャンスを掴んでいます。
一方萌はというとその環境には同情しますが、なかなか大したタマといえましょう。
小賢しい策やずる賢いはかりごと満載で周囲を蹴落とそうとします。
決して「不幸だけれど頑張り屋の萌」ではないのです。
そういう面もあるにはあるのですが、史緒のパーフェクトで立派な立ち居振る舞いを前に、そんなけなげな萌の一面は出てきては引っ込んでしまうといったことの繰り返しです。
おかげで本来ならば味方になってくれるであろう読者(というか私)も敵に回してしまっています。
史緒は家が裕福でなくなったことは大変な不幸でしたが、結局お金に困った形跡もありませんし、最初から最後まで自分のプライドを大切に守り通し成功を手にしました。
萌はというと、自分の中から必死でかき集めたプライドを断腸の思いで捨てていくことで彼女なりの幸せを見いだします。
登場人物それぞれのプライドの行方がこの作品のキモではないでしょうか。
悲しくも必要不可欠なラスト
さて、皆さんは史緒派でしょうか、萌派でしょうか。
私は断然史緒派です。
何度読み返してもそこは変わりません。
最初から最後まで応援していましたし、史緒が世界的な成功を収めたことがもうとにかくスッキリです。
蘭ちゃんではなく神野氏とうまくいったことも私好みの展開。
もう言うことなし。
しかし、萌かわいそうすぎやしないか?とかすかに思わないではありません。
萌派の方には悲しいラストだっただろうと思います。
でもですね、捻くれ者の私はこうも思ってしまうのです。
萌がもし生きていたら彼女はその後、本当に死ぬ間際のあの気持ちを持って幸せに生きていけたのだろうかと。
萌が死のうが死ぬまいがそのうち史緒はオペラで成功します。
神野夫人としての肩書も持って。
そのことに本当に萌はなにも感じずにいられるのでしょうか?
萌はシングルマザーとして日々の暮らしですら苦しい状況に陥るかもしれません。
そして傍らにはひとりで育てると決めた神野氏の子供。
そのうち神野夫妻にも子供ができ、その幸せぶりが伝わってきても平気でいられるのでしょうか?
意地悪ながら想像してしまうのです。
萌が憎しみに燃えた目で「同じ神野さんの子供なのになぜこんなに違うの?!」と言っている姿を。
我ながら意地悪だなとは思うのですが、萌の根深いコンプレックスやこれまでの生き方を見ていると、ありえない話ではないと思ってしまいます。
子供という存在に救われた萌ですが、子供を愛するがゆえにまたプライドを捨てどんな行動に出るかわからない。
そう考えると萌はあそこで死ぬしか幸せになれる道はなかったのかなと思います。
そう考えるとやっぱりすごくかわいそうなヒロインでした。
目で聴く音楽
この作品ほどマンガという表現方法が合っているものもあまりないのではないかと思います。
今は実写不可能とされていたアクションマンガやSFマンガでもどんどん実写化している時代。
どの作品も原作ファンからあれこれと物言いがついてはいますが、それは読者が持っているキャラクターと俳優のイメージの違いであったり、脚本の変更であったりなどでしょう。
ですから原作を読んでいなければそれなりに楽しめるものが多いのではないかと私は思います。
ですが本作の実写はいただけない。
満島ひかりさん主演で映画化されていますが、誰が悪いわけでもなくこれは無理がありました。
史緒と萌の歌唱や、それが上達していく様。
さらにSRMの超絶難しい不思議なメロディーとやらが再現できるはずもありません。
「invocation」を私だって聴けるものなら聴いてみたいですが、一条先生だってよくわかってないに違いありません。
でも私たち読者はそれぞれの「invocation」をすでに持っています。
懐かしいような悲しいような、それでいて心が温まるような不思議で心にしみる音楽。
史緒と萌の複雑に絡み合うハーモニーと耳に心地いい蘭ちゃんのピアノ。
聴こえなくても、聴こえている。
それがマンガの素晴らしさであり、一条先生の素晴らしいところなのです。
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