ベストセラー作家・道尾秀介飛躍の作品 - 向日葵の咲かない夏の感想

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向日葵の咲かない夏

4.504.50
文章力
4.50
ストーリー
4.38
キャラクター
4.25
設定
4.13
演出
4.00
感想数
4
読んだ人
7

ベストセラー作家・道尾秀介飛躍の作品

5.05.0
文章力
4.5
ストーリー
5.0
キャラクター
5.0
設定
4.5
演出
4.5

目次

一人称の語り手

「僕」の語りで始まるこの物語。ミステリー愛好家であればすぐに「信頼できない語り手(Unreliable narrator)」を想起し、これから起こる出来事を全て信じるものかと警戒して臨むでしょう。洋の東西を問わず、一人称の語り手というのは意図的であれ記憶違いであれ必ず嘘を言うと決まっているのです。それをアメリカの文芸評論家ウェイン・ブースは「信頼できない語り手」と名付け、ミステリーの一つの手法として確立させました。

日本ミステリー界でもこの手法を取り入れる作家は多く、湊かなえ『母性』や乙一『死にぞこないの青』、降田天『女王はかえらない』など枚挙に暇がありません。そして本作『向日葵の咲かない夏』でも、一貫して主人公「僕」が物語を紡いでゆきます。

この作品の驚くべきところは、その「僕」が語ったもののほとんど全てが妄想であったということです。まさか、ここまで土台から根本から嘘だったとは、誰が想像したでしょうか。ラストで鮮やかに隠されていた部分のカーテンが外される瞬間、私はまるで世界が180度変わったような錯覚に陥りました。では、この前代未聞の驚きを演出するために、作者が仕掛けた罠をいくつか分析したいと思います。

語り手が小学生

まず、語り手が小学4年生ということ。通常「信頼できない語り手」といえば、精神的に病気であったり、語り手が複数いるために事実誤認が起こるというパターンが多いのですが、このように子供が語り手という手法も少なくありません。子供の語り手は、経験が少なく判断力に欠けることが多いと言われています。そのため、例えば自殺したS君が蜘蛛に生まれ変わったことや連続猫殺傷事件など、本当に起こったことなのかどうか読者には判断がつきにくいのです。

つまり一つ目の罠は、疑いどころが多すぎるということ。「木を隠すなら森」という言葉がありますが、主人公が見ている世界の土台が虚実であることを隠すために、あえて大前提である語り手を子供に設定したのではないかと推察します。

また、前述『死にぞこないの青』では「僕」にしか見えない「アオ」という少年が登場したように、本作では「僕」にしか見えないS君がいるのです。S君の生まれ変わりという超自然的な現象が読者にとって目下最大の謎となり、土台の嘘を完全に煙に巻いているのです。

賢すぎる妹

次の罠は、3歳の妹です。いくら女の子だとしても、言葉がスラスラ出てきすぎだと思いませんでしたか?「ミカのことなら、心配ないよ。S君が蜘蛛だったとしても、瓶の中にいるんでしょ?ちゃんと蓋も閉めてあるみたいだし。平気だよ」と、幼児語ではなくちゃんとした日本語で話しています。それなのに母親の前ではピタリと話し止む。よくよく考えれば不自然なのですよね。しかしこれは、母親が少し精神を病んでいると思われる挙動をすることでカバーされてしまいました。先生に見つからなかったり他の友人と接触がなくても、トコお婆さんと話しているシーンがあるので、まさか実在しないということはあるまいと読者にうまく思わせました。蜘蛛になったS君を受け入れるシーンも、「瓶の中に入っているなら怖くないよ」と言っているように見えます。まさか、「瓶の中に入っているなら食べないよ」の意味だと、誰が思うでしょう。

このように、疑わしきを全て筆者の筆力と数々の謎でカバーしてゆくことで、最後まで読者に罠を気付かせません。

猫の連続殺傷事件・S君殺人事件

最後の罠は、この二つの事件です。もしこの小説のあらすじを説明しろと言われたら、「小学4年生・ミチオ少年の同級生が自殺した。しかし、それは本当は殺人事件だった——?ミチオ少年と妹は2人でこの謎にせまる・・・」というところでしょうか。それほどに、この二つの事件は物語のメインテーマとして描かれます。つまり、ミステリーとして読むなら、ラストの謎解きはS君殺人事件もしくは連続猫殺傷事件の真犯人を見つけることであるはずなのです。まさか、トカゲや白い百合の花や猫が最大の謎であったとは想像すらさせない——。これが作者最大の罠であると考えます。

作者はデビュー作『背の眼』からミステリーを多く手掛けているので、ファンであればなおのこと本作も犯人探しミステリーだろう、と考えてしまうでしょう。この壮大な目くらましにまんまと騙されて、読者は賢すぎる妹やS君の生まれ変わりやスミダさんへの小さな疑問を後回しにさせられたのです。この手法は同じく道尾秀介作『透明カメレオン』でも使われています。少女が居酒屋に突然持ち込んだ謎の方にスポットライトを当てることで、他の登場人物の過去を全て影にしておいたのです。そしてラスト、その影の部分にライトを移動させたところで、読者を驚かせる——。これが、この作品で確立された道尾秀介渾身のトリックなのです。

この仕掛けに気付いた状態で再読すると、筆者の更なる実力に舌を巻くこと間違えなしでしょう。

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