蛇行しすぎて氾濫した川のほとりで過ごした夏。
知的でお洒落で、気取らない文章
女性の持つ女性に対しての憧れと崇拝と、反動で重く腹に落ちてくる現実と嫉妬と。登場人物たちはその嫉妬に目隠しされることなくきちんと自分の気持ちを呑み込んで、憂鬱になるけれどその激情を爆発させることはない。小さな頃のおぼろげな記憶で、各々が形成した思い出を胸に高校生という年齢に達した登場人物たちは再会を果たすのですが、キラキラしたままの青春では済まされない、美しいものの裏側をまざまざと見せつけられる夏を過ごします。女の子もいれば、男の子も途中から参加する。普通なら日常ではない密度の濃い毎日に体力が許す限り時間の隅から隅までを浮き足立った弾む気持ちで過ごすのだろうけれど、恩田陸先生はそれをしない。普通の青春恋愛小説にはしない。ほんの少しの鋭さがかえってとても目立つ、警戒心を生み出す、本当にささやかに徐々に鋭さを増していく話の展開に私は隙間時間が出来れば1分でも作品を開いて彼女たちの輪に加わりに行きました。久しぶりに本に手招きされ、誘われるがままのめり込みました。魅力的な先輩は社会人として表に出ても存在しますし、大人という領域に入ることによりその存在が神聖化されず、逆に妬み嫉みの対象へと下落する恐れもあります。西加奈子先生のうつくしい人という作品を思い出しました。出る杭は打たれる環境にいつ変わるかわからない、けれど、そこに存在していても有無を言わせず確立するカリスマ性は時代の変化によって薄まっているなあと思いました。2002年の頃ではプロと素人の差がまだはっきりとしていたと思います。可愛い人は身近にいるけれど、テレビや雑誌の世界に比べると見劣りしてしまうということは日常で起こり得ることだと思います。しかし、今ではこの作品の強烈な魅力は伝わりにくいように思います。誰もが可愛くてお洒落でモデルのようにスタイルが良くて。お喋りも才能も水準が高いです。みんながみんな出る杭になって仕舞えば、抜きん出て目立つ存在がなくなります。今の時代ではこの作品のような人物は現れにくいんじゃないかなと思います。そのせいか、とても新鮮でした。小さい頃に憧れた漫画やお話の世界をドラマチックに情緒的に描かれている。初めて恩田陸先生の作品を手に取りました。男性だと思っていたくらい先生のことを知らなかったので先入観なしの真っさらな気持ちで読むことができました。だから尚更時代の流れや言葉遣い、世界観に大人を感じ、気取っているようにとられそうな描写も恩田陸先生の特徴なのだと素直に受け止められました。拒否反応はありません。丁寧に知的にお洒落に言葉を選んで紡いでいる恩田陸先生の文章に惹き込まれました。
枝分かれした登場人物
ひとつの芽が伸びて大きな樹が育ち、たくさんの枝を伸ばして葉をつける。そうしてひとつのものからこの作品の登場人物は生まれたように感じました。うまく言えませんが、家族とは違うのですが、核が一緒のように思えて、不思議なのですがみんながみんな同じなのに違う、違うけれど同じだよね、と言われて納得してしまうような雰囲気を持っています。アメーバの細胞分裂で生まれてきたような、ひとりの人間の中のひとつひとつの細胞のような、個々として確立しているのに、本質が誰もかれもが同じに思えてならないのです。それは小さい頃の過去を共有しているからこそ醸し出されるものなのか、はたまた恩田陸先生から生み出されたからこその特徴なのか。香澄も芳野も毬子も月彦も暁臣も真魚子も、みんな別々の人物なのに、持っている雰囲気が必ず少しだけ近くて、しかし、他にも登場人物はいるのに、決して物語の中でごっちゃにならない。これだけ迷わずに読ませる作品はあまり出会ったことがありません。登場人物の多さにばかり気を取られて内容が頭に入ってこないという作品で私は何度もページを行ったり来たりしますが、この作品ではありませんでした。作品が3部に分かれているという構成も手助けしているとは思いますが(単に私のキャパがないだけかもしれませんが)、誰が何を思って行動し、言葉を発しているのかがきちんと追っていけます。登場人物たちが同じ目的地を目指しているからかもしれませんし、同じ細胞で同じような意志を持ち、言葉遣いは違えど本質を共有しているからかもしれません。優美で憧憬を抱かせる香澄と芳野を中心に、輪に入ることを許された毬子と、月彦と暁臣というふたりの男の子、一部と三部で存在感を増す真魚子。別々の枝についている葉が季節で等しく色を変えるように、自分の意思とは反して結びつけられてしまっているように思えます。
細部まで丁寧、すぎる
ラストで読者のクエスチョンに大いに答えてくださいます。言葉を濁し、本心を隠し、意図が読み取れない人物たちの思いが全て描かれています。そこは大変ありがたいですし、もやもやしたまま終わらないのでとてもすっきりします。しかし、演劇の舞台準備という設定もあってか、少しわざとらしいように思えました。台詞をぺらぺらなぞる、生きた言葉ではないように感じてしまいました。小説の中で登場人物がその人らしく言葉を発する錯覚がある私には、あまりにも綺麗にまとまりすぎている展開に違和感を抱きました。しかし、これが反対に優美さや大人の上品さのような雰囲気を作り出しているのかな、とも思いました。すっきりと終わることは良いことです。しかし、あまりにもきっちりしすぎていると、作品の余韻に長くは浸れません。私は読み終わった後の読後感もだいぶ味わう方なのでこうです!と言い切るこの作品では、終わった、そうなんだ、という簡単な感想しか思い浮かびませんでした。もう少し謎めいたまま終わっても良かったように思います。読者の想像におまかせする手法を取らなかったこの作品は、完璧すぎるなあという印象を持ちました。きっと、その細やかさが味なんだとは思いますが。
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