凄惨な事件をモチーフにした意欲作 - インタビュー・イン・セル 殺人鬼フジコの真実の感想

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インタビュー・イン・セル 殺人鬼フジコの真実

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凄惨な事件をモチーフにした意欲作

4.04.0
文章力
4.0
ストーリー
3.5
キャラクター
4.5
設定
4.0
演出
3.5

目次

北九州監禁殺人事件

本作は、50万部を超える大ベストセラー『殺人鬼フジコの衝動』の続編です。フジコは高津区一家惨殺事件の生き残りにして稀代のシリアルキラー。売春相手、夫、自分が腹を痛めて産んだ娘のみならず、見ず知らずのショップ店員や美容師まで手あたり次第誰でも殺して、その欲望を満たしていました。本作の時点ではフジコの死刑執行が済んでいるという設定で、ジャーナリストが別の事件を追っているうちにフジコの事件の真相にたどり着く、というのが物語の大まかなあらすじです。

さて、その事件というのが、現実で起こった北九州監禁殺人事件を明らかにモチーフにしていることはほとんどの方が気付いたはず。念のため注釈すると、北九州連続殺人事件とは、北九州小倉北区にて数人を監禁し暴行を続け、死に至らしめた事件のことです。なぜ”数人”という言い方をするかというと、被害者はバラバラにされて跡形もなく捨てられたため、正確な人数が確定しきれないからです。また、そのほとんどが主犯の手によるものではなく、監禁された被害者同士殺し合いをさせるというようなやり方であり、そのリンチがあまりに凄惨であることからマスコミが報道を自主規制したほど。とにかくむごたらしい事件でした。

この事件は新藤冬樹の『殺しあう家族』でも描かれたものですが、読んでいるだけでも頭痛がしたものです。真梨幸子がフジコの続編を描くにあたり、前作を越えるために、確かにこれ以上ないインパクトの設定であったと思われます。更に本作が出版された2012年10月には尼崎連続変死事件(こちらも複数人を監禁、殺人した事件)が話題となり、あまりにもタイムリーな内容に当時は大変驚かされました。

そして、作品の中でその凄惨を極めた殺人事件の主犯として起訴されたのが、下田健太という人物でした。

サイコパス・下田健太を作ったもの

彼を分析するためには、マーサ・スタウト著『 良心をもたない人たち』 (草思社文庫)を参考にするとわかりやすいです。真梨幸子も勧める本書では、実に25人に1人いるとされる“良心をもたないサイコパス”について詳しく分析しています。特に下田健太に当てはまる傾向は、以下の3つだと考えます。

「社会的規範に順応できない」

下田健太は幼いころから虚言を吐き続ける傾向があり、宿題を忘れたら「泥棒に盗まれた」と言うなど、あまりに自然に出てくるその嘘に周りは辟易していました。そのため、積極的に関わろうとする人間もいないまま、学校ではほとんどいないものとして扱われていたのです。それなのに、クラスメイトのいたずらで学級委員になってしまったことをキッカケに、なぜか彼はスクールカーストの頂上に上りつめます。クラスメイトから信頼も次第に厚くなり、彼の言うことは正義であるというような風潮が強くなりました。そしてついに、新人教師を複数人でレイプし自殺に追い込んでしまうのです。

「人をだます、操作する」

その経験から、彼は人を意のままに操作する快感を覚えてしまったのだと思われます。「民主主義」「多数決」という言葉を使い、「みんなで決めたことだから」と思わせてクラス全体を共犯にしたのです。しかも警察にまで巧みに嘘をつき、その罪で彼が裁かれることがありませんでした。

「口の達者さ、表面的な魅力」

中学1年生の頃は髪が長く不潔であった彼は、スポーツ刈りにしてから劇的に印象が変わりました。大人になり、ミニバスのコーチをしている時も複数の主婦と関係を持つなど、表面的な魅力は十二分に兼ね備えていたのでしょう。それに加えて、相変わらず水を流すようにスラスラと嘘を並べることが出来ました。正に本書で問題としている“良心をもたないサイコパス”像そのものです。フジコの従弟であり、一時は同居していたこともある下田健太がこのようなサイコパスであること・・・決して偶然とは思えません。そう、二人の人格形成に大きく関わっているのが、健太の母でありフジコの叔母である下田茂子なのです。

下田茂子の存在

前作『殺人鬼フジコの衝動』では、あとがきで「フジコはただの操り人形。真の黒幕は茂子では?」という疑いが浮上。フジコの次女で小説家の高峰美也子が、その疑念を本人にぶつけてみようと思う・・・というところで物語は終わっていました。そして本作では、大量殺人の容疑者・健太の母としてマスコミのインタビューに応じる役どころです。前作も本作も、彼女は一貫して手を汚すことはありません。それなのになぜ2人のサイコパスを育ててしまったのか。実際、健太もフジコも共通して「バレなきゃいいんだ。死体がなければ誰も騒がない」ということを言います。では、そのような経験則を植え付けたのは?やはり高津区一家惨殺事件ではないでしょうか。3人の死体のすぐそばで茂子が言ったといわれる言葉。「死体を、始末しましょう。死体がなければ、事件も発覚しない」。これが2人のサイコパスを産んだ根源だったのだと、私は思います。

本作『インタビュー・イン・セル』の”セル”とは独房などの意。監禁殺人事件が起こった、静岡県Q市Sヶ丘団地でインタビューをすることを表しています。しかし、本当にセルの中に閉じ込められていたのは、幼いフジコと健太だったのかもしれません。

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