愛と救いに満ちたストーリー
まず感じたことは、タイトルが「悪人」であるにも関わらず、「愛」をテーマに創られた作品なのだろうということでした。
主人公の祐一は田舎で働く無口な青年ですが、彼の境遇がものすごく壮絶。冒頭からいきなり付き合っている彼女、佳乃にセックスが上手な金づる扱いされる上に、彼女の浮気相手である増尾の目の前でフラれてしまいます。この後、主人公は佳乃を殺害してしまい、警察から逃げるという流れになります。また、彼の実母は、彼のことをまるで疫病神のように言っているのです。作品内では主人公が佳乃を殺害した後の言動として描写されているのですが、それでもあまり良いとは言えない親のようです。
そんな彼の作品中での言動ですが、冒頭や回想シーンでの佳乃とのやり取りや、昔知り合った女性、光代とのセックスの前後の態度から、あまり愛された経験がないことがうかがえます。人並みに愛されていれば、上述のようなひどい境遇に置かれることもないのでしょうが… その他、ニュースで自分の関わった事件を見て吐いたり、身体を震わせながら光代に自分の罪を告白したりと、根は非常に繊細であることも分かります。
殺害後、光代と逃亡を図ることになります。結局祐一は捕まってしまうのですが、最後、共に逃亡した光代は彼のことを指して「彼は、社会でいう悪人なんですよね…」というようなセリフを残して終わります。彼女は、祐一が本当は優しい人間であることを知っていたのではないでしょうか。
主人公視点での大まかなあらすじはこのような感じです。他にも、祐一を養ってきた祖母房枝や殺害された元カノの父親である佳男、佳乃の浮気相手の増尾が主要な人物として登場しますが、彼らも非常に面白い描写がされているように思いました。
まず、房枝ですが、彼女は祐一の立場がどれだけ悪くなろうと、自分がどれだけ追い込まれようと、彼の味方であろうとします。言わずもがな、彼女は親としての無償の愛を描いた人物と言えるでしょう。
次に佳男ですが、彼は、後述の増尾が、娘が殺されたことに対して何とも思っていないどころか、むしろ笑い話にしていることに激昂し、復讐しようと試みます。しかしすんでのところで諦め、代わりに「そうやって、人のことを笑って生きていけばいい」と言い残し、去っていきます。考えたのですが、彼は増尾を見限ったのではなく、どこかで自分の過ちに気付いてほしいという思いがあったのではないでしょうか。復讐したところで娘が戻るわけでもなく、そればかりか、自分も増尾と同類になってしまう。それならばと、一縷の希望を抱いてそう言い残したのではないかと考えました。
増尾というか、その友人ですが、彼はそんな佳男の心情を聴いて思うところがあったようです。佳男が去った後、なおも虚勢を張ろうとする増尾の前で、佳男が残していったスパナを手にガラスを割ります。彼は、佳男の心情を汲み取り、増尾の振る舞いに怒ったのではないでしょうか。
タイトルこそ悪人で、一見救いのないストーリーのようですが、私はこの作品中に真の悪人はいないのではないでしょうか。友人と一緒に観た作品で、友人は救いがない作品だと言っていましたが、むしろ様々な形の愛と救いに満ちた作品のように思えます。中には現代社会の落とし穴も描かれており、非常にリアリティのある作品であると同時に、とても考えさせられる作品でした。
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