レビューを書いて禁断症状、『バナナフィッシュ』
吉田秋生先生の代表作の一つ
吉田秋生先生の作品の中で『海街ダイヤリー』の次に大好きな作品です。実は小学生の頃『吉祥天女』を読んで、ちょっとだけ大人の世界を知った後、吉田作品からかなり長い時間離れていました。高校生になり「久しぶりに吉田秋生、読んでみようかな」と思い探してみたら、すでに『バナナフィッシュ』が10巻くらいまで出てました。カバーが真っ黄色で衝撃的。表紙には黒い太文字で『BANANA FISH』と主人公らしい男の子2人が描かれていて、裏表紙にはバナナの中からカジキがにゅっと出ててるイラスト。正直、最初は「何じゃこりゃ?」と思いました。今みたいにネットのレビューもないし、思い切って買ってみるしかない時代。10巻まで出てるなら結構人気があるんだろうと、自分の直感を信じて買ってみて、1巻を読み終えた時点で禁断症状が。「早く次が読みたい!」なけなしの小遣いをはたいて、発刊されている分全部まとめ買いし、10巻まで読み終えてまた禁断症状…。全巻そろえて、再度読み直して、やっと満足のため息をつくことができた作品です。
少女漫画だからこそのハードボイルド
この作品に関してネットの感想で「少女漫画とは思えないハードボイルド」と評価しているのをよく目にしますが、私としては「少女漫画だからこそのハードボイルド」だと思います。確かにストーリーだけをみれば、新種薬物を核にストリートギャングのボス VS イタリアンマフィアのドンの対決とその周囲にいる登場人物たちの人間模様は、ごりごりのハードボイルドだと思います。でも、この作品が別冊少女コミック(今はベツコミ)という多感な女子高生が中心読者の雑誌で連載されたからこそ、女子の心をくすぐる要素が満載な、異色のハードボイルド作品として仕上がったと思います。
まず、主人公をはじめ登場人物たちにイケメンが多いです。主人公アッシュ・リンクスは容姿端麗、頭脳明晰、SWATクラスの銃の使い手で、ワインのテイスティングも完璧。アッシュの親友、英二は日本人らしい幼い顔立ちの大学生だけれど棒高跳びの選手だった経歴がある。アッシュの強敵、李月龍は毒物の専門知識や鍼灸の卓越した技を持つアジアンビューティ。アッシュの仲間のショーターやシン、卑怯者のオーサーですら、きっとファンがいるだろうと思われるイケメン。みんなそれぞれに多かれ少なかれ陰があり、でも自分の気持ちや野心にまっすぐ生きてる。そこが女心をくすぐるんです。
登場人物たちの「陰」の設定の仕方もいいですね。アッシュは子供の頃、パパ・ディノの経営する高級娼館の男娼だった。そしてパパ・ディノの子飼いのペットでもあった。具体的なベッドシーンはもちろんありませんが、想像をかき立てられますよね。生き残るために身体を売り、学び、銃を覚えた。この陰を抱えた美少年の主人公の動向を気にしない女子がいるでしょうか。旅を続けて行くうちに英二との関係が深くなっていくのも、もしかして過去の経験のせい? なんて勘ぐってしまうこともあって、女子が楽しめる男だけの世界が描かれているのがいいです。
あと、泣きたくなるシーンが多いのがいいです。例えば廃人同然でベトナムから帰還した兄、グリフィンが死んでしまったことをロボから聞いた時のアッシュの表情。故郷のケープ・コッドでの銃撃戦から逃げる時、お父さんと心からできた「死ぬなよ、クソ親父!」「おまえもな、バカ息子」という会話。バナナフィッシュを投与され、英二を追い詰めてしまうショーターがアッシュに「殺してくれ」と懇願し、アッシュが撃ち殺してしまうシーン…などなど。挙げてもあげてもきりがないですが、私が一番泣いたのはやっぱりラストですね。英二から「一緒に日本に行かないか?」と手紙をもらい、一瞬空港へ行きかけるものの、シンの兄に刺されてしまう。その傷は致命傷で、それが分かってるアッシュは図書館に戻り、閲覧室のデスクにうつぶせた状態で…でも眠っているかのような穏やかな表情。嗚呼、今思い出しても胸が熱くなります。
評価が星5つでない理由
こんなに大好きな『バナナフィッシュ』ですが、残念な点が結構あります。
アッシュは頭脳明晰で、勉強家で、何でも知ってるインテリのはずなのに、バナナフィッシュがサリンジャーの作品に出てくることを知らない点には疑問があります。この作品にはサリンジャーの『キリマンジャロの雪』や『潮流の中の島々』が出てきますが、モグリの医者のメレディスから「兄さんはサリンジャーのファンかい?(中略)死を招く魚だよ。」と言われ「へえ、知らなかった」と答えるのは、何度考えても解せません。(本当は知っていたのかな。)
初期と終盤で作画が大きく変化したのも残念なポイントです。1巻と最終巻のアッシュの顔を比べたら、全っ然違う顔してます。終盤の方が端正な顔立ちで、連載中はアッシュ・カレンダーの販売もあったみたいですが、個人的には初期の頃の顔の方が好きです。作画つながりでもう一つあげると、不備があるのも気になります。一番多いのは「ひげの描き忘れ」。パパ・ディノのひげがない、伊部さんのひげがない、アレクシス・ドースンのひげがない…アシスタントさんのミスなのか、編集者の落ち度なのか。気になりすぎると、本にペン入れしたくなってしまうので、途中からあら探しするのをやめたほど。私と同じように気が付いてる人、結構いますよね、たぶん。
あと、吉田先生の最大の難点はコマ割が上手じゃないこと。『バナナフィッシュ』は悪い意味でこの点が冴えてます。普通、作品数が増えたり連載が続いたりするほど、コマ割は上手になっていくはずなんですけど。『吉祥天女』の方が上手でした。(吉田先生、ごめんなさい。)
結構酷評しちゃったぽい感がありますが、残念な点をマイナスしてもなお4.5点の高評価なのはこの作品のストーリーがすばらしいから。このレビューを投稿し終えたら、もう一回読み直します。
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