スピード感あるマンガ
アッシュを愛しすぎな人々
舞台はアメリカのダウンタウンなので、しょっぱなからハードボイルド全開でストーリーは進んでいくのですが、登場するほぼ全ての人物が、アッシュをなんらかの形で執着し、愛しています。兄弟として、また、性的なオモチャとして、親友として、恋人として、ライバルとして、同志として、教え子としてなどなど。命を簡単にやりとりする気性の激しいマフィア達の話なので、アッシュに執着するあまり、殺人を犯すことも少なくないのです。皆がそこまで惹きつけられるアッシュ、彼が容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、それでいて精神的に少し脆く、危ういギャップを兼ね備えた、まさにヒーローのかがみ。はじめの頃は幼さの残る絵なのですが、どんどん洗練された美しい青年になっていき、最終的に、一巻と比べると「誰?」状態になります。誰にも必要とされず、虐げられてきて野生のヤマネコのように凶暴で尖っていた彼が唯一心を開いた日本人の男の子を通して物語を見ることができるので、読者としても入り込みやすいです。そしてこの主人公の日本人、彼もまた、恋愛に近い、いやそれを超えるくらいにアッシュに惹かれ、愛してしまうという…。彼を愛して執着しまくる登場人物を、この愛はまたものすごい歪みようだなあ、などと観察できます。
身寄りのない子ども達を虐げる大人への反抗
この作品では、家庭環境によって社会からはみ出した少年たちが、マフィアの牛耳る児童ポルノを強要されたり、子飼いのチンピラとして育てられたりなどの側面が、露骨な描写も交えながら描かれています。大人達によって自力では決して抜け出すことのできない闇の側面に引きずり込まれ、暴力によって支配され、従わされていく、そうした子どもたちは、今も世界にあふれています。ISISによって人間爆弾としてテロに使われる子ども達などは、その最たるものではないでしょうか。アッシュは、そうした子ども達のスターでもあるのかも知れません。彼らを虐げる大人代表のような存在がゴルツィネなのですが、物語全体が、子ども達を虐げ世界を支配しようとする大人達と、それに必死で抵抗し、黒人、白人、ヒスパニック、アジアと様々な人種の壁も乗り越えて団結し知恵を働かせてノーを突きつける子ども達の構図にも感じられます。
アッシュは何故死んだか
アッシュは大人に勝ったために、死ななければならなかったのかも知れません。生きていれば彼は永久に、大人達によってどうにか味方に引き入れて利用しようとされ、それにノーを突きつけてしっぺ返しを食らわせたでしょう。そして彼が大人になった時には、敵うものの誰もいない世界的な支配者になっていたことでしょう。人間をこえてしまったのです。そんな彼が唯一人間くさい一面を見せられるのが、主人公の日本人の少年。主人公の出した手紙によってアッシュが死ぬことになったのは象徴的です。様々な意味で「大人」になり、人間を完全に超越してしまう前に、人間としていられる唯一の瞬間に死んだことで、アッシュは生き生きとした人間のままであり続けることができたのではないでしょうか。
バナナフィッシュの謎、そして息つく間もないアクションシーンの数々で、読み始めたら読了まで眠れないスピード感あるマンガです。
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