薬指の標本のあらすじ・作品解説
薬指の標本は小川洋子の短編で、新潮社より1994年に単行本として、1998年には文庫本で出版されている(短編・六角形の小部屋を併録)。 清涼飲料水の工場ではたらいていた主人公のわたしは事故で薬指を失ってしまう。工場を辞め、人々が思い出の品を持ち込む標本室での仕事を得たわたしは標本室の技師から靴をプレゼントされる。やがて、わたしの足にぴったりの靴をはき続けているうちに奇妙な感覚にとらわれはじめる。 わたしと標本技師のひそやかな愛と恍惚を描いたこの小説は、フランス人の女性監督ディアーヌ・ベルトランの手で2005年に映画化されている。仏題はL'Annulaireである(日本では2006年公開)。 映画では、主人公のわたしはイリスとなっていて、主演は後に007でボンドガールも務めた、フレンチ・ロリータと称されていたスーパーモデルのオルガ・キュリレンコである。原作にない設定が付け加えられているものの、ほぼ原作に忠実なつくりの映画となっている。
薬指の標本の評価
薬指の標本の感想
ホラーチックな恋愛小説
ぐいぐいと引き込まれる文章力淡々とした文章なのに、どんどんと読み進むことのできる作品です。引き込まれる文章力は、作者である小川洋子さんの力量だと思いました。その文章は、なめらかな文章ではなく、過去系を連続で使っている部分が多いので、今起きているという実感ではなく、まるで夢の中に引き込まれる感じです。本来ならば、淡々とした文章なので退屈さを感じさせるはずなのに、その世界の内側まで手を引いて連れて行かれるという感じです。「薬指の標本」では、主人公が最後まで自分の感情におぼれる事無く、男を愛し続ける女性の話。薬指が欠けてしまった主人公は、その時に心の中にある何かが、欠けてしまったんだと思う。たぶん痛い、怖い、悔しいという感情だと思う。感情を無くしてしまった彼女は、理性が光って魅力的な所もあるけれど、標本になることを拒まなかった愛は、やっぱり異常で気持ちが悪い。 和文タイプの字を拾う場面が印象...この感想を読む
独特の静けさ
小川洋子作品によく見られる、ダークなファンタジーというか。ただの怪談めいたこわい話とはまた違う、静かでおだやかなおそろしさが存在している。様々な人々が様々な思い出の品を持ち込み、標本にしてもらうという、標本室で働いている主人公。彼女はサイダーの製造係として働いていた頃、ベルトコンベヤーに挟まれて薬指を怪我してしまう。欠けてしまった薬指。その描写がすごい。サイダーの中にまぎれこむその様子が容易に想像できてしまう。そして弟子丸氏との関係が。流れとして、最後はそういうことになるんだろうな、と思ってはいたものの、不穏な雰囲気に圧倒されたような感。こんな雰囲気が生み出せる筆力が本当にすごいなと思った。
不思議な恋愛
『博士の愛した数式』の著者、小川洋子先生の短編2本の本です。書名にもある『薬指の標本』。人々の思い出であれば何でも保存してくれる『標本室』で働く主人公と標本士の弟子丸氏との不思議な恋愛の話です。標本室に来る前、主人公の彼女はサイダー工場で薬指の一部を欠けさせてしまう事故に巻き込まれてしまいました。それから彼女はサイダー工場を辞め、標本室で働くことになるのですが色々な思い出と出会うことになります。楽譜の音、鳥の骨、火傷の傷跡。火事のあとに生えたきのこなど。弟子丸氏にかかれば標本にできないものはないです。彼と彼女の間には奇妙で密やかな関係と愛が育まれていきます。身体の一部を欠けさせた彼女の願い。そしてそれが叶った時の空想。透明感あふれる文章で引き込まれるように読むことが出来ました。