薬指の標本の感想一覧
小川洋子による小説「薬指の標本」についての感想が4件掲載中です。実際に小説を読んだレビュアーによる、独自の解釈や深い考察の加わった長文レビューを読んで、作品についての新たな発見や見解を見い出してみてはいかがでしょうか。なお、内容のネタバレや結末が含まれる感想もございますのでご注意ください。
ホラーチックな恋愛小説
ぐいぐいと引き込まれる文章力淡々とした文章なのに、どんどんと読み進むことのできる作品です。引き込まれる文章力は、作者である小川洋子さんの力量だと思いました。その文章は、なめらかな文章ではなく、過去系を連続で使っている部分が多いので、今起きているという実感ではなく、まるで夢の中に引き込まれる感じです。本来ならば、淡々とした文章なので退屈さを感じさせるはずなのに、その世界の内側まで手を引いて連れて行かれるという感じです。「薬指の標本」では、主人公が最後まで自分の感情におぼれる事無く、男を愛し続ける女性の話。薬指が欠けてしまった主人公は、その時に心の中にある何かが、欠けてしまったんだと思う。たぶん痛い、怖い、悔しいという感情だと思う。感情を無くしてしまった彼女は、理性が光って魅力的な所もあるけれど、標本になることを拒まなかった愛は、やっぱり異常で気持ちが悪い。 和文タイプの字を拾う場面が印象...この感想を読む
独特の静けさ
小川洋子作品によく見られる、ダークなファンタジーというか。ただの怪談めいたこわい話とはまた違う、静かでおだやかなおそろしさが存在している。様々な人々が様々な思い出の品を持ち込み、標本にしてもらうという、標本室で働いている主人公。彼女はサイダーの製造係として働いていた頃、ベルトコンベヤーに挟まれて薬指を怪我してしまう。欠けてしまった薬指。その描写がすごい。サイダーの中にまぎれこむその様子が容易に想像できてしまう。そして弟子丸氏との関係が。流れとして、最後はそういうことになるんだろうな、と思ってはいたものの、不穏な雰囲気に圧倒されたような感。こんな雰囲気が生み出せる筆力が本当にすごいなと思った。
不思議な恋愛
『博士の愛した数式』の著者、小川洋子先生の短編2本の本です。書名にもある『薬指の標本』。人々の思い出であれば何でも保存してくれる『標本室』で働く主人公と標本士の弟子丸氏との不思議な恋愛の話です。標本室に来る前、主人公の彼女はサイダー工場で薬指の一部を欠けさせてしまう事故に巻き込まれてしまいました。それから彼女はサイダー工場を辞め、標本室で働くことになるのですが色々な思い出と出会うことになります。楽譜の音、鳥の骨、火傷の傷跡。火事のあとに生えたきのこなど。弟子丸氏にかかれば標本にできないものはないです。彼と彼女の間には奇妙で密やかな関係と愛が育まれていきます。身体の一部を欠けさせた彼女の願い。そしてそれが叶った時の空想。透明感あふれる文章で引き込まれるように読むことが出来ました。
ふたりだけの世界
小川洋子の作品の要は、独特なその世界感にある。舞台は現代風なのだが、その建物の佇まいや街の風景、行き交う人々は現代の世界の中にいないのではないかと思ってしまう。現実と紙一重のパラレルワールド。登場人物たちのブレなさは、時に危うく、時に恐ろしい。けれど、小川氏の文体が余りに緻密で冷たく、それでいて透明感を伴っているので、当たり前のこととして受け入れてしまう。極端な恋愛の話と解釈する人もいるかもしれないが、この極端さは誰にでも秘められているのだと思う。ただ、私たちが生きる現実の世界ではその極端さを表に出すことは躊躇われるのに、小川氏の作品の世界では、その極端さを露わにしてもいい『赦し』がある気がする。