ホラーチックな恋愛小説 - 薬指の標本の感想

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薬指の標本

4.174.17
文章力
4.88
ストーリー
4.30
キャラクター
4.13
設定
4.38
演出
4.25
感想数
4
読んだ人
3

ホラーチックな恋愛小説

4.24.2
文章力
4.5
ストーリー
4.2
キャラクター
4.0
設定
4.5
演出
4.0

目次

ぐいぐいと引き込まれる文章力

淡々とした文章なのに、どんどんと読み進むことのできる作品です。引き込まれる文章力は、作者である小川洋子さんの力量だと思いました。その文章は、なめらかな文章ではなく、過去系を連続で使っている部分が多いので、今起きているという実感ではなく、まるで夢の中に引き込まれる感じです。本来ならば、淡々とした文章なので退屈さを感じさせるはずなのに、その世界の内側まで手を引いて連れて行かれるという感じです。

「薬指の標本」では、主人公が最後まで自分の感情におぼれる事無く、男を愛し続ける女性の話。薬指が欠けてしまった主人公は、その時に心の中にある何かが、欠けてしまったんだと思う。たぶん痛い、怖い、悔しいという感情だと思う。感情を無くしてしまった彼女は、理性が光って魅力的な所もあるけれど、標本になることを拒まなかった愛は、やっぱり異常で気持ちが悪い。

 

和文タイプの字を拾う場面が印象的

物語の中で、タイプの字を拾う場面がありますが、私も同じ和文タイプを使った経験があるので、すごく実感できました。今のパソコンを使っている人には考えられないような原始的な作りの和文タイプは、ずっしりと重く、一つ一つが鉄でできている判子のようになっているのです。それが全て和文タイプの中に組み込まれている本当に重くて、これをぶちまけてしまったら、途方にくれる事は間違いなしです。

この和文タイプを知っているからこそ、彼女が拾っている姿を偉そうに見ている標本技師の弟子丸さんには、怒りを感じてしまった。なぜ、彼は彼女と一緒に拾ってくれなかったのか、彼女もそんな彼に、どうして手伝ってくれと言えなかったのか、不思議に思えます。こんな二人の関係があったからこそ、彼女は標本になろうとしたのかも知れませんが…。

 

サイダー、血、指などの表現がリアル

ホラー小説ではないと思うのだけれど「薬指の標本」は、気味が悪い表現が多く怖く感じた。特に主人公の回りに起きた出来事や、標本室の部屋がたくさんある古い建物の作りなどは、お化け屋敷を想像してしまいました。標本というだけでも気味の悪さを連想させられます。

また、主人公が薬指を切断された気持ちや風景の描かれ方が、サイダーの中に薬指が浸かる、血の色に染まったサイダーなど、肉片とピンク色になったサイダーなどの表現がとてもリアルで気持ち悪かったです。美味しくてキレイな色のサイダーに、切断されてしまった肉片を閉じ込めると標本につながるのも、見事ですが、読んでいる私まで美味しいサイダーが飲めなくなりそうでした。

 

おばあさんの忠告に耳を傾けてほしかった

「薬指の標本」では、まともな登場人物が少ないと思います。常識では考えられない心を持ち、人形のように思えてくるのです。その中で、一番まともだと思ったのは、彼女に忠告したおばあさんです。おばあさんだけが、この標本室の秘密を知っており、現実との扉の存在場所をわかっているのではないかと思いました。物語には、いろいろな終わらせ方がありますが、このおばあさんの声に彼女が耳を傾けたり、靴の職人さんのアドバイスに従っていれば、自ら標本の道へと行かないですんだのでしょう。しかし、「薬指の標本」はそうではありません。主人公への救いも、開放もなく終わってしまいます。作者が彼女を苦しめてまでも言いたかったテーマとは、なんだったのだろうかと、考えさせられます。

 

標本をみる人はいない

標本室には、様々な人達が標本を作りにやってきます。でも、その標本になった姿を決して見に来ない。この部分は、本当にそうなのだろうかと、疑問が残ります。お金と時間をかけてせっかく標本にしたのに、それを見にこないなんて、ありえないのではないでしょうか?

そう考えると、作者は人間には結果は意味のない事で、その過程こそが人間にとって大事で意味のある事だと言いたいのではないかと、考えました。人々は、日々結果を残すために一生懸命努力を重ねますが、残した結果は、この標本達のように、あまり意味を持たないのかもしれませんね。

 

靴の職人さんは印象的な人物

標本室に来た、靴屋の職人さんは、この作品の中で、異色な人物で重みを感じる人でした。主人公に履かされた靴を、一目見ただけで見抜く事ができたのですから、凄い人物だと思います。この物語の中では、靴屋でも標本技師でも事務員でも、子供でも全ての人達が上下関係なく、平等に描かれているのも、特徴の一つだと思います。

主人公の靴を、磨く靴職人さん。私は、この人が靴を磨く事によって、彼女の靴の呪縛が解け、靴が普通の靴になってくれればいいなと願っていました。彼女の愛に対して、間違った受け止め方を、最後まで変えてあげる事ができなかったのは、とっても残念です。

 

六角形の小部屋も独特の雰囲気

もう一つの作品「六角形の小部屋」も「薬指の標本」と同様に、小川洋子ならではの不思議な世界へと連れて行かれてしまうようなお話です。しかし「薬指の標本」とは違い、主人公の心の奥にある気持ち、自分でもどうにもならない愛や感情が綴られているので、納得しながら読むことができます。人の感情の難しさがリアルに描かれている物語だと思いました。

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