迷宮入りになった歴史的事件をモデルにした大作 - 白鳥殺人事件の感想

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白鳥殺人事件

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文章力
5.00
ストーリー
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キャラクター
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設定
5.00
演出
4.50
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迷宮入りになった歴史的事件をモデルにした大作

4.84.8
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
5.0
設定
5.0
演出
4.5

目次

迷宮入りした大手食料品メーカーへの脅迫事件をモデルにしたミステリー

1984年から1985年にかけて起こった、江崎グリコの社長の誘拐や毒入り菓子が店頭に並べられるといった無差別テロをはじめ、他の食品メーカーへの脅迫にまで及んだ事件ある。

防犯カメラの映像をはじめとする、犯人の特徴を示すものはあるにもかかわらず、なかなか犯人は検挙されず、ついにはすべての事件が時効になってしまった。

この作品はこの事件がモデルとなっている。

冒頭で問題となる、雑誌に掲載された浅見の事件に関する考察は、正直なところ作者、内田康夫氏なりの事件への考察なのではないかと思う。それが結構いい所を突いていたようで、自作解説によると、マスコミの記者から、報道規制になっている部分についてこの小説の考察に似通った部分があったようで、内田氏は事件について何か知ってるんですかと尋ねられたらしい。

冒頭の浅見の考察は、犯人一味である怪盗団Xの終焉を予告する物であったが、どこか犯人たちに一連の犯罪をどう終焉させるのか行動の美学を見せろという内容で、事件を「興味深い」視点で見つめる浅見らしい。そのせいで兄の陽一郎は若干迷惑を被ったようだが、困ったようでも弟の考察を認めている点は、懐の深さや柔軟性を感じる。一方的に正義を振りかざす視点ではなく、犯人の行動心理の掴み方や、プライドをくすぐる浅見の呼びかけが、結果的には事件解決の発端になったと言っても良い。同時に作品自体が、犯人たちに降伏を呼び掛けたものという考えもできる。

実際の犯人たちはこの作品を観て、どう思ったのだろうか。

男の子みたい・・・から「来年の誕生日も手伝いたい」へ

この作品のヒロイン、芹沢玲子は、時に一目惚れもある浅見からすると、第一印象はお世辞にもいいものではなかったようだ。玲子のことを「男の子みたいで、挨拶もポキポキしている」という何だか妙な評価をしている。

しかし、父の死に直面した玲子が、落ち込むどころか徐々に元気を取り戻し、未来に向かって明るく行動しようとしている様に、浅見は惹かれていく。恋愛というにはあまりにあっさりした感情だったかもしれないし、読者の方も浅見が玲子に「本気の恋」をしているようには思えないのだが、玲子の翌年の誕生日にローソクを立てるのも手伝わせて下さいと浅見自ら言ったのには、少々びっくりした。

考えてみたら、浅見は被害者遺族のとりわけ娘と恋に落ちたり、一方的に思われることが多いが、弱っているところに「事件の解決のため」とはいえ、親切にされればどんな女性も頼りたくもなるしグラッとくる。そしてうまくいくかと思うとひらりとかわしてしまう浅見は、自分では「小心者、甲斐性なし」と言い訳しているが、傍から見るとちょっとした魔性の男でもある。

浅見は友達として言ったのかもしれないが、玲子は本気なのでは?と浅見の罪深さを感じる、

ダイイングメッセージのトリックは、まずまず

玲子の父芹沢のダイイングメッセージ、「白鳥の」は地名か?列車名か?動物の白鳥か?曲名か?と色々な可能性を探るあたりや、結果そのメッセージから発見した事件の核心については、ものすごいひねったトリックというわけでもない。事件解決の重要ポイントにはなっているが、驚愕したり感心する仕掛けではないので、この作品は巧妙なトリックを楽しむ種類のものではないと言える。

しかし、芹沢がメッセージを残し、死に至るまでの壮絶な描写は、まるで内田氏は一度失血死を経験しているのかと思うほどのリアリティを伴っている。このメッセージについては、メッセージそのものの謎解きより、愛する娘にメッセージを残そうとした芹沢の人柄や執念の方が読者の胸を打つ。

この作品は、芹沢の行動の表現に象徴されるように、犯人には犯人なりの考えがあったという点を掘り下げていく楽しさの方が大きい。犯罪は犯罪だが、犯罪者の側も「自分たちなりの正義」が存在する。故に浅見が書いた「終焉に向けて醜態をさらすな」という犯人に向けた「一見ふざけている」メッセージが生きるのである。犯人に同情はできなくても、異質な価値観への理解はできるのではないだろうか。

他作品との関連

この作品は、「浅見光彦殺人事件」との関連があるが、どちらを先に読んでも差し支えはなさそうだ。私は後に読んだが、後でも十分驚かされた。内田作品によくありがちな「○○殺人事件参照」のような注釈こそないが、読めば「あ!」と声が出るくらいの驚きはある。多くの読者は白鳥殺人事件を先に読んでいるのではと察する。

プロットを作成しない作家だからこそ、過去の作品の顛末を伏線として新たな作品を作ってしまえるのだろう。また、内田氏の作品内への登場人物への愛着のようなものも深く感じる。

「旭光グループ!?」

この作品に出てくる「旭光製菓」という社名に既視感があったのだが、よくよく調べてみると「沃野の伝説」の旭光通商と同じ名称であり、大阪の会社である共通点がある。

大阪に何か関連がある特別な由来があるかどうかまでは調べても不明であったが、浅見が住む世界では大手のグループ企業が、偶然の一致か謎であった。

西村京太郎氏の作品では、社長や会長職の男性の名前が「大造」であることが多いが、一種何かのイメージなのかもしれない。内田氏の作品ではあまり名前が被ることがないため、何かの伏線の可能性もあるかと思ったが、両作品には何の関連もないようだ。

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