思いでて欲しいもの。
毎晩毎晩やってくる、眠るまでのあの数時間を、わたしはいったい何をして過ごしているのだろう? そして仕事を始めるまでのあの膨大な時間を、わたしはいったい何で埋めてきたのだろう?
小さい頃は、布団に入ってすぐに眠ることができた。今は、なかなか眠れない時がある。スマートフォンで、眠れない時の対処法を検索して、だけど、ますます眠れなくて、「あー、もう、、」という気持ちになる。眠れないあの数時間は、どこにもない時間みたい。何かと何かの隙間の時間。
仕事を始めるまでのあの時間は、もう何にも集中できない。本を読む気にも、なれない。その時間に本を読んで、ちゃんと仕事を始められるかなあ。アラームをセットしても、聞こえないくらい、本にのめり込んでしまいそう。そんなはずは、ないんだけど。あと20分で、家から出勤する時、その時間に本を読んだら、あっと言う間に、20分経ってしまうなあ。それなら、何もしないで、あと15分だ、あと10分だ、あと5分だ、と20分を膨大な時間にしているのかもしれない。
これまでの半年とこれからの半年がそっくり入れかわったとしても、わたしはそれに気がつくこともないんだろうなとそんなことをぼんやりと思った。
私、そんなのは嫌だ。今日の仕事は、明日の仕事と同じなの?、同じような仕事なの?。他の人から見たら、私の仕事は、同じようなことの繰り返しに見えるかもしれない。だけど違う。同じような仕事の繰り返しだと思うようになったら、私は、その仕事を辞める時なんだ。じゃあ、今が辞める時だ。
でもあの人たちは自分たちのことを『気づいた側』の人間だって自負していて、それが唯一のアイデンティティだから、それを黙ってられないのよ。声高にアピールして、自分たちが幸せだってことを知ってもらわなきゃいけないのよ。
私のこと言ってるなあと感じた。いつも、私はあなたとは違うと思っていて、声に出さないけど、あなたは気づいてないけど、私は気づいてると思っている。そんな人とは友達になりたくないし、一緒に仕事をしたくない。本当に気づいていないのは、私かもしれない。
「進んで嫌われる必要もないけど、無理に好かれる必要もないじゃない。もちろん好かれるに越したことないんでしょうけど、でも、好かれるために生きてるわけじゃないじゃない」
私の気になってる女の子が、この文章を引用していた。どの本の文章かは知らなかった。巡り巡って、『すべて真夜中の恋人たち』に出会った。読み進んでいって、この文章にたどり着いた時、胸の中がきゅんとした。「ああ、この本だったんだ。」って。
「石川さんって今さらフェミなの? とか、強い女とかがんばる女とかもう流行らないとか、今までそんなことについてろくに考えたこともないくせにいいかげんなこと平気で言われるわよ。石川さんだからできるのよとかね。あなたみたいにみんなが強いわけじゃないのよ、ほとんどの人は弱いんだから、とか。でもね、そういうのは弱いっていうんじゃなくて、鈍いっていうのよ。わたしのは強さっていうんじゃないわよ。正直っていうのよ。流行りって何よ。そんなの気にして生きたことないわよ。ただこういう性格なだけよ」
そういうのは、弱いっていうんじゃなくて、鈍いっていう。私は、鈍いかもしれないなあ。例えば、強く言われると、大きな声で言われると、縮こまってしまう。私は弱いと思っていたけど、弱いんじゃなくて、鈍いのかもしれない。嫌なことは嫌と言いたい。ただ黙っていられる私じゃない。ただ黙っていられるほどの嫌なことじゃない。嫌なら嫌って言う。私は、鈍感じゃない。聖のすべてを好きなわけではないけど、聖の言葉には、はっとさせられる。
「だって、こんなにも思いだせないものばっかりで、でも思いだせるものもあって、とつぜん思いだすこともあって、でも、思いだせないものがほっとんどで、でも、もしかしたら思いだせないことのほうにすっごく大事だったことがあったとしたら」
思いだせないことある、たくさんある。嬉しいことも悲しいことも。それは、今どこにあるのかなあ。あの季節のあの匂いに、それは隠れていて、いたずらな顔をして、ひょっこり出でくる。懐かしくて、目をつぶったらタイムスリップしたみたい。思いでて欲しいなあ。
『すべて真夜中の恋人たち』
表紙が、水面が水で光るようにきらきらしていて、宝物みたいに綺麗だなと思った。小学2年生の時、「私の宝物」という発表をした。私の宝物は、お友達からもらった青くて、正方形で、その真ん中にきらきらが入っている、宝石だった。もちろん本物ではないけど。その宝石と『すべて真夜中の恋人たち』の表紙は似てる。今は、その宝石はもうないし、それをくれた子とは、仲良くもないし、連絡をとってもいない。だけど、確かに、その子と過ごした日々はあったんだろうな。ふと、思いでできた。光は掴めないから。触れないから。だけど、確かにあるもの。
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