心温まるクリスマスの物語 - クリスマス・キャロルの感想

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クリスマス・キャロル

4.834.83
文章力
4.33
ストーリー
5.00
キャラクター
4.67
設定
5.00
演出
4.83
感想数
3
読んだ人
3

心温まるクリスマスの物語

5.05.0
文章力
4.0
ストーリー
5.0
キャラクター
5.0
設定
5.0
演出
5.0

目次

物語の根底にあるクリスチャン的思想

本作の物語の根底には、キリスト教的な思想があることがうかがえる。

イエス・キリストの生誕を祝う日であるクリスマスがとても大事にされているという点はもちろん、主人公であるスクルージの甥が語る「クリスマスは親切な気持ちなって人を赦してやり、情け深くなる」という考え方も、またスクルージをたずねて寄付金を募った紳士の貧困者を助けたいという思いも、キリスト教でいう『赦し』であり、『隣人愛』である。

またスクルージの前に現れた過去の幽霊の頭部の光は、どこか神の祝福を思わせる。

過去の霊がその光を消そうとするスクルージ(人間)の手を罪ふかいと罵り、それを隠す帽子が人間の欲望が凝り固まってできたものだと言う、それらのことも、やはりキリスト教のイエスと罪深き人々の関係を彷彿とさせる。

さらに現在の幽霊の言う「貧弱な食卓にこそ(現在の霊特製の、特別な)香味が必要」という台詞は、キリスト教でいう『清貧』の精神に基づいている。

そして現在の霊は、邪悪で悲惨なものとして二人の子供をスクルージに見せる。

男の子は『欠乏』、女の子は『無知』を象徴しており、これらは聖書において罪とされているものである。

老人スクルージの人間性

守銭奴で薄情、それ故みんなの嫌われ者……と、物語序盤からひどい人として描かれているスクルージだが、そもそも彼はもとより生粋の悪人なのか。そうではない。

それは加齢と共に金銭的にシビアになった、というだけの理由なのである。

そのために他人をないがしろにするのも厭わないというのはいささか極端にしても、そこまで突き詰めなければ、その心的傾向自体は人間としてなんら考えられないことではない。

現実的で誰にでも悪態を吐いていたスクルージだが、いざ幽霊が目の前に現れるとひどく怯え、狼狽したことから分かるように、根は小心者である。

彼はひどい悪人のように言われているが、なんら人間味のない男ではない。

幽霊によって幼い時の思い出を見せられてはなつかしさに喜び、かつての恩人を敬い、金に溺れたがための失敗や、孤独な自分を嘲笑う人々の姿を、そして救われない子供たちを見せられるのは耐えられないと言った、普通の感性の持ち主なのだ。金以外の一切に心を動かされなかった彼も、その本質はとても人間味に溢れている。

反省に反省を繰り返し、最後には死後もなお孤独で嘲笑い続けられる自分を見、彼は絶望した。

金のことだけを考え、自ら孤独の道を突き進んできたよう見えた彼も、結局はひとりぼっちは嫌だと、そう思ったのである。

彼自身の本質は、明らかに後者の方である。彼は心の底から孤独を望んでいたわけではない。むしろ心のどこかでは、みんなと仲良くしたかったのかもしれない。

守銭奴を極めるあまり他人に冷酷になっていたのは、一種の気の迷いのようなものであったと推測できる。

作者がスクルージを通して伝えたいこととは

孤独に虚しく息絶える未来を、スクルージはきっと変えられると信じた。そしてそのために、他人に親切に、貧しいものへの援助を惜しまないよう、明るく生きるようになった。

彼はこの物語を経て読者にとっての反面教師から見習うべき手本へと激変したのだ。

拭えない経済的不安から、人は、特に大人は金に対してどうしてもシビアになる。

けれどそれにばかり囚われていては、金以上に大事なものを失ってしまうぞと、作者は読者に警告をしているのだ。

作中には貧しくとも笑顔でクリスマスを過ごす人々がたくさん登場する。対して以前のスクルージは金銭的にとても豊かであったにも関わらず、クリスマスに悪態を吐き、他人を拒絶し、親切を否定し、他の貧しい者よりもよほど不幸そうであった。つまりいかに金銭的に裕福であっても、心が貧しければ幸せにはなれないということだ。

スクルージ自身が未来の中で決心し、その夢から醒めたクリスマスの朝に実行したように、他人を赦すというクリスマスの精神を常に持ち、明るく優しく親切に生きなさい、と作者は物語を通して読者に伝えている。まるでそれが人として本来あるべき姿であるように。

また、スクルージの甥の台詞に、あの人(スクルージ)の財産はあの人の何の役にも立っちゃいない、というものがある。

要するに、金は墓場まで持っていけない、ということだ。金とは人々の暮らしを豊かにするためのもので、それをせずにケチり続けて人生が終わるのでは何の意味もないのだ。

自分や他人を豊かにするために金というものは存在しているのだと、作者はそのことを読者に改めて思い出させようとしている。豊かになるためのお金をより多く持ちたいがために心が貧しくなってゆく、そんな大人たちへの忠告こそが、本書において作者が最も伝えたかったことだろう。

ところで、スクルージが命を落とすその瞬間は本書には描かれていないが、おそらく幽霊から警告を受けた時のような悲惨な結末にはならないだろう。

この様子なら周囲の心証は良さそうだという単純な理由の他、本作の根底にキリスト教の精神があることからもそう考えられる。

キリスト教において、主は信じる者をお救いになるものだからである。

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