近現代の「クリスマス」を作った偉大なる家庭娯楽小説 - クリスマス・キャロルの感想

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クリスマス・キャロル

4.834.83
文章力
4.33
ストーリー
5.00
キャラクター
4.67
設定
5.00
演出
4.83
感想数
3
読んだ人
3

近現代の「クリスマス」を作った偉大なる家庭娯楽小説

5.05.0
文章力
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ストーリー
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演出
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目次

言わずもがなの有名人、英国文学の巨匠、ディケンズによる傑作短編小説。日本人がイメージするイギリスらしいイギリスの時代文化を作った立役者の一人とも言える小説。
何が凄いかと言うと。

「家族で過ごすクリスマス」を作った

それまでイースターの陰に隠れた存在だったクリスマスを現在に繋がる形で定着させたのがこのクリスマス・キャロル。ビクトリア朝という消費生活社会が始まろうとするその直前に発表されたこの小説は、明瞭かつ豊かなイメージでクリスマスの風景を捉え、家族で過ごすクリスマスの在り方を印刷出版技術の進歩と共に増えた読者に提示しました。この小説発表のすぐ後から始まるビクトリア朝時代では女王陛下が家庭生活を重視するスタイルであったこともあり、当時は家庭を大切にする人間がキリスト者として正しくまた尊敬や信用に値する人物だと考えられていました。そうした状況が追い風になり、この小説のヒットによってイギリスのみならずアメリカにおいても「家族で過ごす尊く美しい時間」という概念でクリスマスが捉えられるようになります。
また作中の溜息が出るほど美味しそうな行事食の描写や心温まる家庭内での交流やプレゼントの様子は当時の人間の購買欲求を高め、同時代に大量生産による消費型社会が到来していたことと合わせて「家庭や隣人の為の慈愛による出費」という名分を小説から得た人々は、クリスマスシーズンの買い物を盛んに行うようになっていきます。今でもアメリカではクリスマスシーズンは年に一度のショッピングシーズンです。
作中の、つつましやかな家庭で精一杯アヒルの丸焼きやクリスマスプディングなどを用意して家族で団欒を過ごす描写はすばらしく秀逸で、読んでいる側もクリスマス・プディングが食べたくなります。

キャラクターが抜群に立っている

ベニスの商人と並んでケチな商人の代名詞として使われるスクルージは、皆様ご存じの通りこの小説の主人公です。そして確かに彼は非情な吝嗇家で、人付き合いも悪く、雇い人達にも厳しく当たっています。ですがディケンズの人物造形の巧みな所は、彼がベニスの商人とは違って、不当な商売を行ったり善人の弱みに付け込んだり、ましてや悪辣な行いで儲けようとはしない人物であるところです(高利貸業が悪辣だと思われていたのは当時のキリスト教的価値観が背景にあるからで、決して私個人が金融業者というだけで悪辣だとは思っていません)。
スクルージ氏は恋人との破局や共同経営者マーレイ氏の死に伴い、自身の感情を鈍麻させ、利己主義的な発想に陥っています。ですが彼は決して自身が快適に過ごしたり富を誇示したりすることはなく、淡々とこなすべき業として友人マーレイ亡き後も自分の事務所を経営しています。そんな中、クリスマスイブの番に訪れた三人のクリスマスの精霊たちは、それぞれ己が担う時代のクリスマスを示してスクルージを諭し、彼の抱える孤独に気付かせ、凍った心を溶かして周囲の人間の善意に目を向けられるようにします。三人の精霊が去った後彼は改心するのですが、それまでも彼は決して他害を行うような人物では無かったが故に、だからこそ拍手を持って読者は改心した彼を受け入れられるのだと思います。そこでもまたディケンズの筆の巧みさに驚かされます。
そして彼と対照的なキャラクターであり慎ましいながらも幸せな家庭を築いている甥もまた、偏屈な伯父の冷淡で嫌味な態度にもめげず、クリスマスの招待を欠かしません。スクルージとは違って善人の象徴であり貧乏でもあるのですが、かといって彼も善人であることを誇ってスクルージを追い詰めたり説教したりすることはなく、叔父の偏屈さも面白がりながら哀れにも思い、それでいて決して愛や家庭を一方的に押し付けたりはしません。英国人らしいユーモアと余裕を保ちつつ、ドアを開けて伯父の改心を待つキャラクターです。スクルージの改心を担うのは人間を越えた存在である精霊やマーレイの幽霊の役目であり、生きている善人を鼻につく存在に落としめて読者を離れさせる要因にしたりはしないところもまたディケンズのキャラクター造形の巧妙さの一つでもあります。


余計なものがない

全編を通して無駄をそぎ落とした鋭利な構成であり、過去から未来へと進む中で読者は頑固で利己的なスクルージの哀れさ孤独さを実感する作りになっています。最初は彼の従業員に対する非情な行いに怒りも覚えた読者も、彼の孤独を共に確かめて行くことで彼の辛さ寂しさを我がことのように感じるようになり、やがて彼に代わって彼に対する許しを願うようになります。その過程は長くありながら無駄がなく、キリスト教的価値観に満ちた説教もビクトリア朝的家庭道徳に摩り替えられて違和感なく受け入れられるようになっています。短編であるが故に訓戒を受け入れやすいというのは素晴らしい構成だと思います。美しく楽しいクリスマスの家庭の描写を盛り込みながらそれでいて無駄や余計なものがない、平易で面白くそれでいて考えさせられる巨匠の巧みさにも注目してみて下さい。

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心温まるクリスマスの物語

物語の根底にあるクリスチャン的思想本作の物語の根底には、キリスト教的な思想があることがうかがえる。イエス・キリストの生誕を祝う日であるクリスマスがとても大事にされているという点はもちろん、主人公であるスクルージの甥が語る「クリスマスは親切な気持ちなって人を赦してやり、情け深くなる」という考え方も、またスクルージをたずねて寄付金を募った紳士の貧困者を助けたいという思いも、キリスト教でいう『赦し』であり、『隣人愛』である。またスクルージの前に現れた過去の幽霊の頭部の光は、どこか神の祝福を思わせる。過去の霊がその光を消そうとするスクルージ(人間)の手を罪ふかいと罵り、それを隠す帽子が人間の欲望が凝り固まってできたものだと言う、それらのことも、やはりキリスト教のイエスと罪深き人々の関係を彷彿とさせる。さらに現在の幽霊の言う「貧弱な食卓にこそ(現在の霊特製の、特別な)香味が必要」という台詞は、キ...この感想を読む

5.05.0
  • めるりんめるりん
  • 1487view
  • 2097文字
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4.54.5
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  • 610文字

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