力強く描かれる人生の苦難と勇敢
漁師の老人を通して人生とはいかなるものかを描く
主人公である老人・サンチャゴは、年老いた老人である。彼は傷つき年老いた肉体を持ちつつも、眼だけは不屈の生気をみなぎらせていた。
人生における老いとは、その速度や度合いに多少の個人差こそあるものの、等しくすべての人間に訪れるものである。
つまり本作において彼の老いは、単純な老衰だけでなく不意の事故や困難といった、人生において避けられないものを暗喩している。
少年が見た、老人が眠りについた姿に生気が感じられなかったのは、不屈をたたえた瞳が意志なく伏せられており、老いた体が目立っていたからだろう。
老人の不屈をたたえた瞳とは、老いが暗喩するあらゆる困難に毅然と立ち向かう精神を象徴している。
常に不屈の精神を持っていないと困難に負けそうになる、という老人の、あるいは作者であるヘミングウェイ自身の人生観がここで表現されている。
本作のテーマは人生の不条理と、それに力強く立ち向かうこと。老人の生き様はまさにそのようであった。
大魚との死闘は人生の縮図
やがて老人は一人で漁に出た際、規格外の大魚に遭遇する。幾度も怪我を負い、日をまたいでもなお海の上で繰り広げられるほどの長きに渡る死闘は、またそうさせるだけの大魚は、老人にとっては自分の人生そのものだった。
老人は海に出ている間、彼がずっと一緒にいた少年のいない寂しさから、何度も独り言を言った。大魚との戦いが激しくなればなるほどそれが増えるのは、老人が追い詰められ、それに伴って彼の本音が表れていく様子が描かれているためだ。
老人は漁師としての山場に直面し、また窮地に追い込まれることで、邪念が消え、本心がふつふつと湧いてくるようになる。
あの子(少年)がいてくれたら、と彼は無意識のうちに何度も反芻し、少年とよく話した野球の話が頭をよぎるのは、紛れもなく寂寥感からくるものであり、窮地に追い込まれた状態でそれが溢れ出ていることからも、老人がいかに少年を心の支えにしていたかが浮き彫りになっている。
また老人は、漁生活における過去の中で最も悲しい出来事を思い出した。これは一種の走馬灯のようなものではないかと、私は思う。死ぬ間際でこそないものの、老人はそれに近いほどの覚悟を持って漁に挑み、未来のこともかえりみず、刹那的に、今この瞬間に心身のすべてを注いでいるのだ。
そして長い戦いの中、互いに敗北を認めぬまま、頑固に、ずっと海の上で共にいることから、老人は大魚も自分もひとりぼっちだという。
ここで彼の孤独感は増し、弱気になっている。別の場面では大怪我をした彼が死を連想させる眠りを恐れたり、どこか生を拒絶するように食事を億劫に思っていたりと、精神的に不安定になっている様子が多々見受けられる。これは人生における困難に打ちひしがれる瞬間を暗喩し、その時の人間の心の弱さを表している。
それでも綱を切って大魚を釣り上げるのを諦めようとしないのは、彼の漁師としての意地であり、同時に、困難から逃げない人間の強さを象徴的に表している。
強さと弱さ。その両方の性質を持つのが人間だと、大魚との戦いに明け暮れる老人の姿を通して、本作は物語っている。
だが、そうして困難に負けず勝ち取った大魚も、次から次へと現れるサメに呆気なく食べられ、見るも無残な姿と化してしまう。
それこそが人生の不条理であり、強者を前にして人はいかに無力かということを表している。いつだって上には上がいて、弱肉強食の運命からは逃れられない。海の世界の厳しさを描いたこのシーンだが、人間の地上における生活でも、同じ事が言えるだろう。
死に物狂いになり、いかなる深手を負ったところで、人生にはどうしようもないこともあるのだと、そんな作者の考え方が伝わってくるようである。
老人は疲れきっていた。だが、老人を打ちのめしたものはサメでもなければ大魚でもなく、「ただ遠出をし過ぎただけ」だから。
この一言が人生の困難さ、生きづらさを端的に表している。何があるから辛いというわけではなく、人生とはそもそも全般的に辛く苦しいものなのだと、戦いの末に老人は悟ったそれは、作者自身の人生観であるように感じられる。
厳しい人生観と前向きなメッセージ
だが、老人は何もかもを失ったわけではない。ボロボロになったとはいえ老人の漁の成果を港の人々は認めてくれ、少年もまた彼を気にかけ、彼の側にいる。
人生は辛く厳しく、どうしようもないことだってある。けれども諦めず、それに立ち向かうこと。それが老人の貫いた生き様であり、同時に作者が読者に伝えたいことだろう。
作者ヘミングウェイの経歴の最後には、本作『老人と海』を発表したその九年後に自裁したと記されている。
もしかすると作中の少年が老人サンチャゴを慕っていたように、どんな困難に打ちのめされても最後まで戦い抜くという老人は、作者であるヘミングウェイ自身にとってもまた、憧れの存在だったのかもしれない。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)