現代のニューヨークを舞台に正攻法の表現技術で、観る者を震撼させるオカルト映画ブームの先駆けとなった異色ホラー映画 「ローズマリーの赤ちゃん」 - ローズマリーの赤ちゃんの感想

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現代のニューヨークを舞台に正攻法の表現技術で、観る者を震撼させるオカルト映画ブームの先駆けとなった異色ホラー映画 「ローズマリーの赤ちゃん」

4.54.5
映像
4.5
脚本
4.5
キャスト
4.5
音楽
4.5
演出
5.0

この鬼才ロマン・ポランスキー監督の「ローズマリーの赤ちゃん」は、魔力や超自然界の凄まじさを恐れる気持ちが正直に出ていて、現代人の弱点を衝いた狡猾なドラマになっていると思う。原作は、アイラ・レビンが書いた同名小説で、これが当時ベストセラーになったというのも、アメリカ人の弱みを立証したようなものだが、それをまた、ヨーロッパから監督を招いて映画にしたのも賢明で、どちらかと言えばイギリス臭い恐怖映画になっていると思う。

物語は、ニューヨークの裏街で、若い夫婦が貸間探しをする情景からはじまる。案内の管理人とのやりとりで、夫はまだ芽の出ない舞台俳優だが、妻は彼に頼りきっている、といった状況であることがわかる。公平にみて、この陰気で古めかしい部屋は、若やいだ二人に似つかわしくないが、二人は拾いものといった気持ちで借りることになる。

前の住人が変人でもあったのか、戸棚でドアを塞いだりしていたのも気になる。実は、これがポランスキー監督の作戦で、些細なところに気がかりなものをはめ込んで、不安の陰を少しずつ広げていくのだ。そして、ただならぬ気配がはっきりしてくるのは、同じアパートの同居人が、飛び降り自殺をしたことで、妻のローズマリーにとっては、その朝知り合ったばかりの隣室の美人だったことが驚きを募らせるのだった。

しかし、我々観る者を驚かすのはその次で、自殺した女の同居者である老夫婦の登場だ。人だかりの中に横たわる血だらけの自殺者の顔を、外出帰りの老夫婦がのぞき込んでみる時、顔色一つ変えないのが、どうみてもただごとではないのだ。好人物だが、厚かましいこの老夫婦を、ローズマリーは好かないが、夫のガイは気が合うらしく、しきりにつき合うようになる。それを、おかしいといえばおかしいが、当たり前とみれば当たり前、といった調子で描いていくのが、なかなか堂に入ったテクニックなのだ。

そして、二人の生活に、少しずつ変化がみえてくる。ペンキを塗り、壁紙を貼りかえ、カーテンをつけてと、陰鬱な部屋がパッと明るくなるのも、若夫婦の丹精がこもって愛らしく、隣室とは音が筒抜けだった構造もわかって、塞いだりするのだった。しかし、隣の夫人がくれたペンダントは、自殺した女の付けていたものだし、それが妙な臭気を発したり、時々、隣室からうめき声の合唱のようなものが聞こえたりして不気味なのだ。

ガイは、競争相手が突然、盲目になり、その代役がまわってきて運が開けるが、次第に無口になっていくのだった。やがてガイは、子供をつくろうと言い出し、ローズマリーは激しい悪夢にうなされた一夜を過ごすのだった。獣に襲われたような、この夜の無意識の恐怖を、異様な映像を織り込んで描かれるのだ。私は容易に、ロマン・ポランスキー監督の「反撥」の中の、似たような悪夢の場面を連想してしまった。

ロマン・ポランスキー監督は「水の中のナイフ」でデビューしたポーランド出身の映画監督だが、いわゆるポーランド派とは全く異質だ。同じポーランド派のアンジェイ・ワイダ監督らとはっきり違う世代の監督なのだ。「水の中のナイフ」などを観ると、この映像作家が、一見異様な表現のうちに、単純で強烈な発言を望んでいることがわかる。

ポランスキー監督は、このアメリカでのデビュー映画「ローズマリーの赤ちゃん」の直前に、イギリスで「吸血鬼」を撮っている。「反撥」からのイギリス時代は、ポランスキー監督にとって恐怖映画の新しい試みによって塗りつぶされたわけだが、確かにそれだけの才能が磨かれていると思う。もともと、好きなジャンルらしいが、その才能を育てたのはやはり、イギリスのニューロティック・スタイルに違いない。この作品を観ても、イギリス流の気取りと底意地の悪さがみえて、かえってそうした表現が、ハリウッド映画界に新風を吹き込んだのだと思う。

そして、この作品が、恐怖映画としての本領を発揮するのは、むしろ後半だ。主人公が妊娠し、老夫婦の知る産科医にかかることになり、夫人からは薬草を押し付けられ、次第に体が衰弱していくのだった。びっくりした友人が相談にのってくれようとするが、不慮の事故に遭ってしまう。そして、その友人から託された一冊の本が、彼女の漠然たる疑問を確信へと導いていくことになる。これまでは、偶然とも思えたさまざまな不審な出来事が、たちまちにして「魔女のしわざ」という一貫した因果関係につながってみえるのだ。

魔女とは何なのか、あまり騒ぎの起こらない日本ではピンとこないが、箒に馬乗りになった老婆の絵には、幼児の頃から馴染んでいる西欧の人々にとって、それは半分は、邪教のように愚かしくみえながら、あとの半分ではやはり、祟りを恐れる気持ちを捨てきれない恐怖の対象であるわけだ。日本でも昔は、お狐さまのように、かなり勢力をはびこらせた魔ものの類があったが、今はすっかり影が薄い。

そういう彼我の違いのために、魔女を扱った映画を、これまでにも再三観たものの、やはり対岸を眺めるような感じを否めなかった。この作品にも、それはある。ことにラストの、ローズマリーが自分の腹で生まされた悪魔の子を、奪い返そうと隣室へ乗り込んでいくあたりには、はっきりそれが感じられる。あの黒ずくめの儀式は、確かに不気味には違いないが、どうしても邪教の異様さだけで、妖気までは感じとれない。原作の小説が、ベストセラーになった裏には、欧米人の感覚がこれを戦慄的な妖気と感じる下地があるのかも知れません。

それにしても、この作品は、観る者を震撼させる表現技術が、実に堂々とした正攻法で、妙なケレンを用いていないのが面白いと思う。ポランスキー監督が、イギリスで鍛えた技法のせいであろう。特に、この作品では、一向に何でもないとも解釈できる余地を、あくまでも残しながら、悪魔を信奉する一団の人たちの、その信奉の凄まじさを見せることで恐怖感を誘う、その中途半端のうまさが見ものなのだ。

ミア・ファローが演じたローズマリーは、難役で悪戦苦闘しているが、夫のジョン・カサベテスが演じた夫のガイは、とぼけた深刻さを実にうまく表現していたと思う。とにかく、人物設定がいいせいもあろうが、隣の老夫婦を演じたシドニー・ブラックマー、ルース・ゴードンをはじめ、サバステーン博士に扮したラルフ・ベラミーなど、いずれも曲者らしさを巧妙に発揮していたと思う。

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