若干の消化不良感が否めないミステリー
展開の早さと登場人物のわかりやすさはよい
湊かなえのサスペンスらしく展開も早く、湊かなえらしく登場人物が多くなってもそのそれぞれの個性の立たせ方のうまさからそれほど混乱せずに読める作品ではある。今回の「白ゆき姫殺人事件」も登場人物の見分けだけでなくその相関図も難なく頭に入ってきたし、一気にストーリーに読み手を引き寄せる文章のうまさは相変わらずだった。だけど、最後まで読んだ結果、どうも読後感がよくないのである。犯人も分かった、動機もわかった、でもなにか腑に落ちないものを感じてしまうのだ。
この物語は殺された三木典子の周囲の証言で構成されている。この話し言葉ですべての物語を構成するというのは湊かなえの得意とするものの印象があるけれど(「告白」がその代表だと思う)、今回の作品もそのように構成されている。話し言葉といっても決して読みにくいこともなく、逆に場面の描写などは分かりやすく感じることもあるくらいだったし、登場人物同士嫌っていたのか、好きだったのかもわかりやすい。なのでこのやり方がこの物語にマイナスに働いたということはない。
また登場人物たちの個性がみなそれぞれ立っているのもよい。その辺にいるOLそのままの里沙子や美人の典子や暗く思われがちな美姫など、これらの登場人物のカラフルさは湊かなえのサスペンスらしい見所だと思う。にもかかわらず、そして今まで湊かなえのサスペンスでがっかりしたことがなかった分、今回最後まで読んだときの消化不良感がかなり残念に思えた。
もしかしたらこれは初めて読んだ作家ならここまでがっかりもしないのかもしれない。
三木典子の美しさへの疑問
誰も彼もが彼女の美しさを褒め称え、「今まであった女性の中で一番きれいかも」などと言わしめる美貌の持ち主なのだけど、いかんせんその美貌がなかなか想像できない。確かに綺麗なのだと思う。“フランスの血が入っている”らしいから、どこか陶器の人形をおもわせるような顔立ちなのかもしれない。でもその表情やセリフなどでは彼女の個性も美貌も浮かんでこない。例えセレクトショップの服を着ていても、高価なブランドのバッグを持っていても、それが見えてこないのだ。だから、殺されてしまった彼女を想像しても同情とかいった気持ちが浮かんでこない。ポジティブにもネガティブにも感情が動かないまま物語が進んでいく。これは少し違和感があった。
吉田修一の作品で「悪人」という作品がある。殺された女性も容疑者たちも本当に性格が悪く、よくもここまで人を傷つけることができるなというような人間だった。だからこそ容疑者は一番性格の悪い奴であって欲しかったのだけど、そのストーリーでは唯一朴訥とした純粋な青年が犯人だった。いくら朴訥で親切でも、殺してしまったなら話はそこで終わりで、いくら「だれが本当の悪人でしょうか」というテーマを込められても、そりゃ殺した人が一番の悪人でしょうとしかこちらは思えない。でもそこに至るまで、性格悪い奴には腹が立ち、きれいでもなにか底意地の悪さがあるなとか思ったりする読み手としての感情の動きが少なくともあった。それに比べて今回の「白ゆき姫殺人事件」にはそのような感情の揺らぎがないまま話が進むから、どこか違和感を感じたのかもしれない。
でももしかしたら、三木典子のそのような描写はもしかしたら意図的だったのだろうか。彼女のひととなりを最後までわからせないために。
殺人事件よりも気持ち悪い出来事
このOLが働いていた会社で起こった盗みの一連の出来事が、個人的にはこの話の中では一番気持ち悪かったところだ。給湯室の共用冷蔵庫においてあるおやつを盗むというものだけれど、その盗み方が、一口アイスを食べたりとかチョコレートが一口かじられたとか。一番はケーキに乗っかった栗だけ残したやり方だ。しかも栗についていたであろうクリームを舐め取ったあとで。考えただけでもぞっとする。結果あれもすべて里沙子の仕業だったということだったけれど、本当に全部彼女がやったの?という思いが拭いきれなかった。そもそも国立大を出ているという里沙子は頭がよいという描写がよく出ていたけれど、そう感じる場面もセリフもなかったので、こちらはそう感じることはできなかった。栗のケーキを食べてしまったのは彼女の誤解から生まれた事故だったみたいだけど、それ以外に起こった盗みについては言及されていないし、そもそも彼女がそこまでするかねえというキャラクターへのブレも感じられ、どうにもリアリティが感じられなかったところだ。
気持ち悪い事件ではあるけれどミステリーとしては大歓迎なイベントだったのに、話は全くそれ以上に膨らみもせず、ここもいささかの消化不良感を感じたところだ。
赤星というよくわからない存在
この事件の第一容疑者として挙げられた城野美姫を調査するため、記者である赤星が彼女の周囲を取材していく。のだけれど、この赤星、実に存在がよくわからない。里沙子の電話の相手であるし、取材対象の前に座っているだけであって彼自身の言葉が全く出てこないのだからしょうがない。しかし書き上げた記事の内容や、マンマローでの軽率な言葉から察するに、魂のない三流記者であることはわかる。でもこの赤星、存在する意味があるのかとさえ思う。正義感もないし、事件を解決しようという熱意も感じられないこの記者が、このストーリーに必要なのかどうかが最後までわからなかった。
里沙子にしても赤星に情報を流すことでその情報が表に出てしまうことがわかっているようなものなのに、どうしてそんなことをしたのだろう。自分がやったことを正当化したい?理解者が欲しい?その感情もよくわからない。だからこの2人がつきあっているのかどうなのかという場面があったけれど、心底どうでもいいと思ったので(ストーリーにも関係ないし)そこは読み飛ばしてしまったところだ。
もうすこしこの記者に気骨があれば、ストーリーも締まったのではないかなと思ってしまった。
色々な人の目から見た城野美姫
これは別に美姫に限ったことではないと思う。誰でも、「自分が思う自分」「他人から見た自分」の違いは多かれ少なかれあると思う。そういう意味でいうと美姫は不幸な位置に来てしまったような感じがする。悪い時に悪い場所にいたような。よく読んでみたら、彼女の印象はそれほど違いはない。話し手のほうに悪意があるかないかだけだと思う。そういう意味では美姫を語る印象は常にリアリティがあった。大げさなところは多少あったけれど(サッカー上手な好きな相手と揉めたところとか)、それも思春期特有の自意識過剰から来ているものだし、至って普通の少女であることは間違いがない。なのにこのようなステージに無理やり上げられたような、そんな気の毒な感じがずっとつきまとっていた。この人はただの運の悪い女性だと思う。
224Pからのストーリーの魅力の下降感
もしかしたらここからが物語の要だったのかもしれない。しかし個人的にこのあたりは読み通すことができなかった。かろうじて所々読んだけれど、そこから得た情報を物語に添えることができなかった。目が内容を読むのを拒否してしまうのだ。唯一読んだのは里沙子のブログだけだ。もっと過激なラストを感じたかったけれど、そこでも肩透かし感を感じてしまった。
湊かなえのサスペンスはいつも大どんでん返しで、脳をかき回されたような快感があることが多かったのだけれど、今回はなんか消化不良だし終わり方もはっきりしないしで、あまりよい読後感ではなかった。あのような終わり方をせずに、もっとちゃんと文章にしてくれてたらもっと面白かったのではないかと思う。
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