実況中継のような軽快で臨場感あふれるエッセイ - 用もないのにの感想

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用もないのに

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実況中継のような軽快で臨場感あふれるエッセイ

3.53.5
文章力
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ストーリー
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キャラクター
3.0
設定
3.5
演出
4.0

目次

アテネ五輪より早4年

この作品は、アテネ五輪での長島ジャパンを怒りを持って表現した「泳いで帰れ」から早4年、北京オリンピックでの星野ジャパンを痛烈に解説してくれている。私自身は野球に興味がないのだけれど、ここに書かれている文章を読んでいると奥田英朗の苛立ちと無念さが切々と伝わってくる。オリンピックさえさほど見なかったりするのだけど、こんな風に感情を顕に書かれているのを読むと(鉛筆書きだったら相当筆圧が強く書かれているんじゃないかと思う)、ちょっと見てみたかったなと思うほどだった。
前回のアテネ五輪でもかなりの怒りと長島ジャパンへのふがいなさを訴えていたけれど、今回もまた痛烈に書かれていた。そもそもタイトルが「再び・泳いで帰れ」である。相当怒っていたのだろう。しかもその怒りはチームのふがいなさにだけではなく、日本の応援する人々にも向けられている。その気持ちはよく分かる。負けたチームにどうして「お疲れ様」といえるのか。彼らの年棒を知っているのか。観客を興奮し楽しませないでなにがプロかと前回も憤っていたけれど、今回も同じような展開だった。
また実際のプレーを見ていながら、実況中継さながらの文章が書かれている。どのように記憶しているのか、メモとかしてるのかと純粋に疑問に思うくらい事細かにプレーが描かれている。そしてだからこそ、奥田英朗の感じているふがいなさと怒りも手に取るように伝わってくるのだ。
野球好きでない私でさえここまで思うのだから、野球好きが読んだらどう感じるのだろうか。ちょっと知りたいところだ。

奥田英朗の野球好きが伝わる作品

奥田英朗の野球好きは他の数々のエッセイでもよくわかっていたけれど(中日ドラゴンズに対する愛も)、今回のこのエッセイが一番よく伝わってきた。そもそも長島ジャパンにしても星野ジャパンにしても、野球が好きだからこそここまで怒ることができるのだろう。ドラゴンズにしても選手を遠慮なく野次れるのは「選手よりもチーム歴が長い」と自負している。どんなスター選手でも、そのチームと関わっているのは奥田英朗よりも長くない。その自負があるからこそ大事に思い、怒りながらも応援し続けるのだろう。古くからの阪神ファンにも同じような空気を感じる。にも関わらず最近のスポーツの風潮は、そこに偽善を混ぜ込み、妙な精神論までこじつけている。私自身野球が教育になっているような変な精神論は嫌いだ。あれは野球であってベースボールではない。チームが勝って「感動をありがとう」とか、なにか違和感を感じてしまう。その風潮が最近特に強いと思う。だから私はあまりスポーツは好きではない(特に団体)。奥田英朗も同じようなことを書いていた。「松坂にも勝っちゃいました」で書かれていることは本当によく理解できた。だけどそこに愛があるからこその強い怒りを感じる。そこにとても好感が持てた。この人は本当に野球というよりベースボールが好きなんだなと実感できる作品だった。
また野球場にも強いこだわりがあるようで驚いた。大リーグの球場など、少し見るだけでわかるという通ぶりに、尚更愛を感じたところだ。そしてそれを若干自慢げに書いているところがまるで子供のようで余計好感が持てたところだ。
一番印象に残ったところは、日本のせせこましい野球に比べて、キューバのダイナミックなプレイぶりを対照的に書いているところだ。奥田英朗自身が思い切り楽しんだことがよく伝わってきて、こちらもなんだか楽しくなってしまうような話だった。

おやじフジロックに行く

フジロックに!と読んですぐ驚いた。これを書いた当時が45才だから年齢がどうというより、大体大人になったら音楽に興味が失せてしまうのが一般的だし、あのようなところには相当若い人がいくのだろうという固定概念があったからだ。
そういえば奥田英朗の「家日和」でも、別居中の男性が自分好みに部屋を改造しまくり、テレビのサラウンドシステムから、音楽を最高の環境で聴くためのスピーカーやら一式そろえて、同僚たちのたまり場と化する話があった。そこでもその主人公は(その同僚たちも)音楽が好きで、いそいそとお互いレコードを持ち寄る。あの時のレコードのタイトルはきっと奥田英朗自身が昔聞いていた音楽に違いない。確かに音楽が好きでも新しい分野を開拓するタイプではなく、昔聴いていた音楽を繰り返し聴くタイプのようで、新しい音楽は全く知らないところもなにか良い(しかしまさかハイロウズはともかくブルーハーツも知らないとは!と驚いたけれど、1959年生まれでは無理もないかもしれない。にもかかわらず初めて聴いたハイロウズを「これはいい」と感じるところなど、意外に音楽センスは私と共通するところがあるのかもしれないと思ったりした。
奥田英朗と私は年齢がいささか離れているけれど、それでも彼が興奮気味に書いているミュージシャンを何人か「おー!知ってる知ってる!」とつぶやくことが出来た。フェアグランドアトラクションのエディやらザ・ナックやらコールドプレイやら。そんなビッグネームが続々といることに、フジロック恐るべしと感じた。
もちろんフジロックというイベントがあることは知っていたけれど、周りに実際に行ったという人がいないため、どんな感じなのか聞いたことがなかった。そんなような大物が来る反面、夏場で過酷な体験だということが、この作品でまるで自分も行ったように実感することができた。
そして久しぶりに昔の音楽を聴きたいような気分になった作品だった。

ジェットコースターにまで乗ったのですか、奥田さん

この「用もないのに」は7つのエッセイが収められている。全部どこかに行った時の話だけれど、その中でもフジロックに続きびっくりしたのは、富士急ハイランドの「ええじゃないか」という回転数世界一というギネスものの絶叫マシンに乗りにいったことだ。奥田英朗自身腰が重くどこに行くにも誘われてお膳立てしなければいかないといいつつ、このサービス精神はすごいと思う。
そもそも絶叫マシンなんて若い頃はさほどでもなかったのに、年を取るととりわけ恐ろしくなってしまうものだ。私自身UFJの大したことのないコースターに乗って3日ほど胃が痛くなったことを覚えている。それが46才の決して体育会系でない座りっぱなしの作家が乗るというだけで、ちょっと面白くなってしまった。
そしてその結果、文章を読むだけで怖いくらいの臨場感。順番を待っているところから冷たく忍び寄ってくるパニックの感じの描写は見事だった。一緒に乗る編集者の「これって娯楽なんですか?」という悲痛な言葉、係員の言いなりになってしまっているところなど、こちらもドキドキしてしまうくらいだった。
そしてこの「ええじゃないか」という絶叫マシンの動画を見たのだけれど、これは恐ろしすぎる。世界一は伊達ではない座席の回りっぷりに、ちょっと寒くなった。意外に絶叫が少ないのも、作中の「悲鳴はほとんど聞こえない」と言う表現と一致する。声を上げることができないのだろう。本当によく乗ったねえと私も褒めてあげたい気分になってしまった。

奥田英朗の軽快な文章が心地いいエッセイ

奥田英朗は長編もさることながら、短編でのテンポのよい文章や、きっぱりとしてわかりやすい表現が魅力的だ。伊良部シリーズもさることながら、コミカルながらもほんわかしてしまったりという作品がたくさんある。
そしてエッセイも奥田英朗の魅力のひとつだ。個人的にはあまりエッセイというものが好みでなかった私に、エッセイというものを見直させてくれた存在でもある。
この「用もないのに」はその期待を裏切らないでくれた作品だった。疲れたときに読んでみると元気がもらえるかもしれない。

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