分からない、分からない、 - 号泣する準備はできていたの感想

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号泣する準備はできていた

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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分からない、分からない、

5.05.0
文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
5.0
演出
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目次

『号泣する準備はできていた』

題名に惹かれ、選んだ1冊。江國香織さんの本を読むのは初めてのことだった。中に収録されている物語の題名を見ても、全くどんなことが書いてあるのか想像することができなかった。まず『前進、もしくは全身のように思われるもの』を読んだ。読み終わってからの第一声は、「分からない、分からない」であった。今まで読んできた本は、ストーリーに重点を置いて読んできていた。それは、この本を読んで気づいた。自分は、読み方に習慣(偏り)があったらしい。美術館での心持ちを思い出した。初めて美術館に連れていってもらった時、「私、全然芸術分からない」と呟いたら、「分かるとか、分からないの問題じゃないのよ。え?、とか、これなんか変、とかそういう心がちょっと動く瞬間があればいいのよ。」と教えてくれた大人がいた。この本は、美術館の心持ちで読まないと、読めない。収録されているどの物語も、激しい感情、うるさい出来事みたいなものはないからだ。ただの日常、だけど、私が普段見ている世界とは、全く違う日常。ちょっと新鮮な気持ち。ふと、本の後ろの方の発行年を見たくなった。「平成十八年」、今年は、平成29年だから、11年前か。11年前の私。まだまだ小さな子供だった。その頃に、この『号泣する準備はできていた』が発行されたと思うと、ほんのちょっぴり心が動く。ただ、ほんのちょっぴり動くだけだけど。ここでは、お気に入りの『どこでもない場所』についてかく。「かく」となると、さっきの美術館の心持ちがうまく表現できるか分からない。だけど、かくときも、美術館の心持ちで。自分の心がちょっと動くように。

『どこでもない場所』

「小説や映画の、登場人物とあっているような感じ。」このフレーズが好き。現実の人と会って、そんなことを感じるのって、とっても素敵。でも、意外とあることなのかな。恋の始めとかは、そんな感じなのかな。いろんな本を読んで、いろんな映画をみて、たっくさん旅をして、そのあとに出会った人に「小説や映画の、登場人物とあっているような感じ。」って思ってみたい!、なんかそれって、すごいよ。いろんな経験をした上で、そう思うのってすごいよ。思われる相手は、もっともっとすごいよ。「テーブルの上に現れた物語は、いまそれぞれが抱えている物語よりずっと色も鮮やかに、生気を帯びていく」という一文が、すごく腑に落ちる。言葉にすると別の物語が、新しく生まれる。人の話を聞くときのことが頭に浮かんだ。ついついアドバイスしてしまう。自分が、相手にアドバイスできることなんてないのに。その人の映画を聞くように、話を聞いていたい。ただただ、静かに時間は流れる。人と会う時に、その人が持っている雰囲気が本とか映画とか旅とか、そういうのに似ていたら素敵じゃない?。私、そういう雰囲気の人になりたい。この物語の登場人物たちは、みんなでその雰囲気を作り出して(無意識かも)共有しているように見えた。その様子においては、年を重ねるだけでは、なることができない「大人」って感じがする。ギザなセリフみたいなのじゃなくて、雰囲気ごと映画みたいにすることって憧れる。

追伸1

何度読み返しても、掴めるものってなくて、こんな感じかなって手探りに読み進めていった本だった。江國香織さんに会ったことはないけれど、すてきな雰囲気なんだろうなって思う。本も、すてきな雰囲気だから。毎日、繊細に生きていきたいなって思うけど、それって具体的には、どういうことなのか分からなくて。私、いつも、「分からない、分からない」ばっかり言ってる。最近、カメラで撮影をするようになったんだけど、何を撮っていいか分からない、「分からない」のループに、はまっている。無理に分かろうとするのって、疲れるし、余計に繊細さがなくなってしまうと思う。何が分からないかなんて、はっきりさせなくていいのかな(本や映画のこと)。感じることって難しいな。感じたことを口にしたら、それはもう私が感じたことじゃないのかな。本を読むと、だいたい元気になったりする。でも、この本『号泣する準備はできていた』は違った。心がずーっと、「うー」って言ってる。なのに何度も読み返したくなる。1年くらい寝かせてから、読めば、違う気持ちになる気がするけど、どうしても今読み返したくなる。なんでなんだろう。こんな気持ちは初めてだ。きっと、これから生きていく中で、この「うー」っていう気持ちの正体を掴むまでは、心においておく。いつか、「あっ」ってなる瞬間が来るから。旅先で、私は、自分の頭に思い浮かべた映画をみているから、旅を楽しめるのかな?。ふと、頭に浮かんだことである。私が行く旅は、日本国内、自分の自宅がある場所と自然環境が大きく変わらない場所。旅をするのはやっぱり楽しみである、しかし、よく考えれば、地元の自然環境と大きく変わらなかったりするのである。唯一決定的に違うのは、旅先で私のことを知っている人はいないということ。私の旅は、自分の頭の中で映画を思い浮かべているから楽しいのかもしれない。絶対的には、そうではないとは思うが。今のは、私のかなりの偏見である(笑)。

追伸2

この本は、自分がいつも読んでいる本と系統が全然違うからだろうか。刺激になった。感じることは、難しいと思っていたが、そんなに難しいことではない気がする。心を落ち着かせていれば、もうそれだけでいい気がする。感じたことを言葉に、文章にしようと思うから難しいんだ。私、この本『号泣する準備はできていた』で私の心に、どんな気持ちが生まれたのか、うまく言葉に、文章にすることができない。だけど、たしかに「うー」っていう何かは生まれているんだ。「あっ」っと、パズルのピースがはまる瞬間までが、待ち遠しい。大切な1冊になった。

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