コミカルながらもハートウォーミングな作品たち
それぞれの家庭の問題をコミカルに書いた6作品
この「我が家の問題」には、タイトル通りそれぞれの家庭で抱えている“問題”をコミカルながらも深く書き込んでいる短編が全部で6編収められている。それぞれの家庭にそれぞれの問題があり、そしてそれは傍から見ている分には少し笑ってしまうところもあるのだけど、本人たちは至って真剣に悩んでいるところが現実味があり、我が家には似たような問題こそないものの十分感情移入して読めるものばかりだった。
家族に悩んでケンカしたりしても、その言葉にはどこか愛情が感じられ、ただの暴言ではないところに家族の絆の深さを感じることもできたりして、このあたりは奥田英朗の表現力の幅を見せ付けられたような思いがした。
少しかっこ悪くて、だけどハートウォーミングなストーリー展開は荻原浩が十八番のようなものだと思うけれど、奥田英朗の文章もそういうことを感じさせてくれるのだなと思った作品だった。
気持ちが分かりすぎるほど分かった「甘い生活」
新婚夫婦である2人の価値観の違いで、結婚2ヶ月目で早くも大きなストレスを感じ始めた夫淳一が主人公なのだが、この話はいわば語りつくされた感のある“夫婦の価値観の違い”をテーマにしたものだったため、退屈にならなかったらいいけれどと思いながら読み始めた。しかし意外にもそのようなことは全く感じさせず、この2人の気持ちが分かりすぎる程分かる物語だった。
新婚2ヶ月というと何をしても楽しい時期で、専業主婦である昌美は仕事で疲れて帰ってくるであろう淳一を、毎回心づくしの手料理で迎える。休日には手作りクッキーと、家事が大好きな彼女の手料理攻撃は留まるところを知らない。引き換え、長い間一人暮らしの経験を経て結婚した淳一は、結婚当初こそ家に帰れば部屋に電気が灯り、風呂に入れば替えの下着を出してくれ、なんと幸せなことかと感じたのは確かだったけれど、それがだんだん重荷に感じてしまうところはとても理解できた。何から何まで世話を焼かれるとずっと見られているようで、気が休まらないのだろう。また凝った手料理というのも、ここまでしなくてもいいのにという思いが隠しているつもりでもふっと漏れでたのだろう、昌美もどんどんどこかしら暗くなっていく。
しかし淳一にも問題はあると思う。“人生はスタンプラリー”と淳一に称される昌美の生き方には確かに女性特有のうっとうしさはあるけれど、付き合っているときにそういうところがわからなかったというのは少し理解しがたい。知っていたならそれも相手のいいところと思っていたわけで、結婚したらそうなることくらい目に見えていたと思う。それは昌美も同様で、結婚に浮かれてお互い寄り添って生きていくという現実的なシミュレーションをしていなかったのかもしれない。
ただ学校が私立がどうとか公立がどうとかは考え方の根源にあると思うので、この2人よく付き合って結婚できたなと思ったけれど、とても理解できる淳一の性格の描写がこの疑問を解決してくれた。
淳一は何事にもこだわることがないのだ。私立でも公立でもどっちでもいいけれど、絶対私立!と頑なに拘るその姿勢に違和感を覚えるのだ、という描写だ。これは私自身の性格にもよく似ていて、この2人のどちらに感情移入するかというと断然淳一(昌美はなんとなく怖いし)になってしまう。最後、夫婦喧嘩で終わるこの物語は、ケンカで終わったけれど結果はハッピーエンドなんだなと思わせてくれる、微笑ましい作品だった。
うちの夫は仕事ができない?
世の中の妻はなんとなく夫は仕事ができると思っている。社内恋愛を経ても経ていなくとも、自分の夫は会社ではそれなりにバリバリ働いていると皆思っていると思う。それが社内野球チームの試合で、夫がぞんざいに扱われていると気づいてしまった妻のショックはかなりのものだろうと思われる。しかしそこで夫を嫌いになるのではなく、世の中のいわゆる“仕事のできない男”に対して寛大になってしまう妻の姿勢は愛に溢れていてとても好感が持てた。
そこでこの物語の主人公妻のめぐみが編み出した、「仕事がつらくてもお昼のお弁当を食べて元気を出して!」作戦はとても素晴らしいと思う。そしてそのお弁当の感想を夫秀一から聞くことによって、彼は決して女性社員からは嫌われていないということを知る。めぐみ自身会社勤めの経験があるため、世の中の女性社員が無能な男性にどれほど冷淡か知りすぎるほど知っている(そして自分の過去の行動さえ反省したところがとても可愛らしかった)。そんな彼女らがそのような男性のお弁当を見たがったりするはずもないからだ。そしてお弁当計画は功を奏し、秀一は女子社員が話してくるお弁当の感想をめぐみに伝えて、それはめぐみが思い描いていた通りの言葉だったからだ。その言葉は「ちょうどいい、“普通”」。それはめぐみが秀一に、取り立てて優秀でなくともそれでいいのよと教えているようで、当の本人にそれが伝わったかとどうかはわからないけれど、心がほんわか温まったいい話だった。
あとめぐみの作るお弁当のおかずはとてもおいしそうで、こちらも夫のお弁当のおかずの参考になった。奥田英朗は料理の描写がある話は少ないように思っていたのだけど(「純平、考えなおせ」とかエッセイとかで出てくる焼肉の描写はとてもおいしそうだったけれど)、こんな細かい和食の描写もできるんだと新たな発見もできた作品だった。
じんわりとほっこりとする「里帰り」
世の常として、夫婦にとって里帰りほど気の重いものはないと言う。ましてやこの物語の主人公である夫婦の里は、夫が北海道で妻が名古屋というほぼ日本縦断の旅である。貴重な盆休み正月休みなど一気に吹き飛んでしまうこの距離に、かなり同情してしまった。同情というのはお互いの実家に行かなくてはならないという同情でなく、休みが飛んでしまうことの対してだ。というのも、この場合の里帰りというのがそれほど苦痛というのが、新婚なのにどうしてだろうとあまり理解できないからだ。少なくとも自分が愛している相手の家族なのだから大事にする気持ちもあるだろうし(新婚なら特に)、親戚づきあいは確かに億劫だけれど、そういう問題は新婚なら軽く飛び越せるものだと思うからだ。里帰りが億劫になってくるのは、結婚して何年も経ち舅姑にいやなことの10や20言われて初めて、行くのが苦痛になるものだと思うのだ。このプロセスなしにしかも新婚で、ここまで苦痛になるものかなと若干リアリティがないように思えた。しかし話はここで終わらないのが奥田英朗らしいストーリー展開なのかもしれない。
なんとなく断ることができずにお互いの実家詣でをした結果、名古屋出身の妻は北海道の夫の親戚たちの大雑把であまり人にかまわないところが気に入り、北海道出身の夫は名古屋の妻の親戚たちのやいやい口出ししてくるけれどその毒のなさが気に入り、双方相手方の実家を自分の実家以上に気に入ってしまうのだ。
また妻の実家は夫を、夫の実家は妻を、心づくしでももてなしているところなどはとても微笑ましく思えるものだった。
最後あたり、夫が思う「ハワイなんかに行かなくて良かった」と思うところは、心から相手の実家を気に入っていないと出てこないセリフだと思う。このセリフだけでストーリーの全てを物語っているようにさえ思えた。
始まり方は気になったけれど、最後はとても感情移入してしまう話だった。
作家の想像力のすごさ
奥田英朗自身独身だったと思う。にもかかわらず、このような家族の問題をリアリティを伴わせながら描写できるのは、作家の想像力賜物だと思う。独身だからこそ逆にこのような生活の想像はしやすいのかもしれないが、にしても女性の心理など、どうしてここまでわかるのかなあと不思議に思ったりするくらいだった。そう言えば伊良部シリーズだってプロ的想像力の産物だし、作家の想像力をすごさを改めて感じた。
この作品はもしかしたら自分が結婚したらこうなるかもしれないという想像が膨らみできた作品なのかもしれないが、大げさすぎたりストーリーのためにネタ的な出来事を作ったなと感じたりといった不満もなく、最後まで楽しみながら(時には笑いがもれながら)読めたいい作品だと思う。
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