様々なシーンを切り取った10の短い物語 - キャンセルされた街の案内の感想

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キャンセルされた街の案内

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様々なシーンを切り取った10の短い物語

3.03.0
文章力
3.0
ストーリー
3.5
キャラクター
3.5
設定
2.5
演出
2.5

目次

吉田修一の作品の魅力

吉田修一の小説は、現代を生きる若者のリアリティとその生き生きとした描写や、時に見せる暗さと深く重いテーマ、後味の悪さなどが個人的に魅力を感じる。特に「東京湾景」の若者の感情の起伏の描写はともすればスタイリッシュになりがちなテーマが、リアリティあふれる話だったし、「さよなら渓谷」ではありえない関係のもたらすどこにも行き場のない二人が、暗いながらも切なく書かれていた。吉田修一の作品には長編にも短編にも魅力ある物語は多いけれど、時に前述したように時々スタイリッシュになってしまっているように感じる物語が時々ある。「日曜日たち」はそういう意味では残念な仕上がりだった。
とはいえ時間を忘れるほどの感情移入をしてしまう作品もあるため、読んでいない作品があれば手にとってしまう。今回の作品もまだ読んでなかったということとタイトルに惹かれて読んだので、長編なのか短編なのかさえも知らなかった。

誰にでもある当たり前の日常

この「キャンセルされた街の案内」は全部で10の短編が収められている。テーマはそれぞれあるけれど、大体日常で起こったちょっとした出来事、また全くの日常などが描かれている。私が個人的に短編として好きなのは、日常のある時間を切り取ってそれを緻密に描写したものである。たとえば村上龍の「空港にて」に収められている短編など、時間にしたらほんの5分(もしかしたら1、2分)くらいの日常的な場面を切り取り、そこにいる人やものを詳しく緻密に描写していく。それはまるでカメラがどんどんズームしていくような感覚さえ覚える。そのリアルさに読み手はあっというまにその世界に引き込まれて現実世界のことさえ忘れることができる。そしてそれは読書の醍醐味だと思う。短編はその文字数が短い分長編よりもそのような感覚になることが少ないのだけど、それでもそういうことはよくある。
「キャンセルされた街の案内」に収められている10の物語のうちすべてがすべてそうであるわけではなかったけれど、それでもいくつかの物語は十分その世界に入り込むことができた。

「日々の春」

この作品の一番最初に収められている短編である。女性が主人公で、後輩の立野くんがなんとなく気になっているのだけど、恋愛対象というわけではないらしい。文字通り“気になっている”というこの設定が新鮮なんだけどリアルで、私自身そのような経験があるわけではないけれどこの気持ちは理解できるような気がする。主人公の女性には、先輩としてはしっかりしていないといけないからどことなく男性的であろうとする気負いのようなものも感じられるのがほほえましい。読み手から見ていると立野くんも主人公の女性(今井さん)のことが気になっていることがわかるのだけど、本人はあまりわかっていない。このお互いが“気になっている”というスタンスのまま話が進んでいくのが、読み手の時間感覚がちょっと延ばされていくような感じがして心地よい。
今井さんが同僚のサヤカと飲みに行って、そういう話をするとすぐに恋愛話にもっていこうとするのも同性としては「あるある!」と膝をうちたいくらいよくわかる。今井さんも、そうではなくって、と説明するのもめんどくさく、すべての出来事を恋愛の方向にもっていこうとする相手とは結局説明してもわかってもらえないだろうという諦めもあるかもしれない。それに自分自身この気持ちをうまく説明する言葉を持たないのかもしれない。
立野くんのほうからみた今井さんの描写や彼自身の心理描写はなく、すべて今井さんを通して物語は進んでいく。それでも十分立野くんの良さは伝わってくるし、その良さを通して今井さんの心も伝わってくる。ただの恋愛小説よりも印象に残る話だった。

「大阪ほのか」

九州出身の男性二人が大阪の店でただ飲んでしゃべっている話なのだけど、妙に面白い。独身2人が故郷を離れて飲んでいるのだけど、懐かしさとかいった風情は全く感じられず、今子供作ったらその子が成人すると自分は還暦になるんだという現実に我に返ったりする。このあたりの感覚はとてもリアリティがあり、年だけとってなんとなく大人(むしろ中年より)になっただけで中身は全く変わっていないということをお互い再確認するあたり、まるで友人と一緒に飲んでいるような感覚になった。大阪に馴染んだといいながらも赴任してから1ヶ月ではさほどでもなく、そのへんのチェーン店であるのお好み焼き屋や新地にいったりするあたりもほほえましい。慣れたと人に言いたくて、自分にもそう言い聞かせて虚勢を張っている様子がうかがい知れ、彼(広志)の善人さが感じられる。
またそこに同郷である小野ちゃんも乱入し、酔っ払い3人ホテルでぐだぐだになっている様がなんとも面白い。人間らしさを感じる。小野ちゃんに対しては、次の日お見合いなんだから朝の3時まで飲んでるとまずいんじゃないのという親のような心配さえ出てきてしまった。この「日々の春」「大阪ほのか」が個人的にはこの「キャンセルされた街の案内」の中では好きな作品である。

作品中に出てくる音楽と映画

私は音楽を一番聞いていた時期からはるか20年以上たってしまい、今の音楽からはまったく遠のいてしまっている。流行の音楽も知らないし、流行のミュージシャンもしらない。だけど「日々の春」のノラ・ジョーンズは知っていた。「マイブルーベリーナイツ」に出ていたのと、かすれた甘い歌声を記憶している。「零下5度」の二人に共通する映画はわからないけれど、「灯台」に出てくる「カポーティ」は観た(残念ながら「冷血」はまだ読めていない)。時々作中にでてくる映画や音楽を観たり聞いたりしたことがあると、なにかしら一見さんでないような、妙な親密感を感じる。ただ個人的には「007シリーズ」はあまり好まない。物語の主要人物が好むものと自分の嗜好が違うと作者の嗜好とも違ったような疎外感をついつい感じてしまう。安直かもしれないけれど。

残念だったいくつかの話

短編が10もあると全部が全部好みの作品というのはやはり難しい。この作品に収められている中でもやはり、どうしてもだめな作品があった。ひとつは「零下5度」。主人公があまりにも女性性が過ぎるような気もするし、韓国ドラマが好きな女性というのもいかにもありがちで拒否反応を感じてしまった。そして気になっているけどタイトルのわからない映画をテーマに同じような思いを抱いている韓国男性の描写もあまりにも弱い。短編だからかしょうがないのだけど、ちょっとインパクトが弱すぎた。二人が出会ったお粥屋さんもおいしそうな感じがあまり伝わってこないし、そのあたりはかなりもったいないと思う。そしてなにより、この2人ともにさほどの魅力を感じない。だからこそこの2人がどうなろうとあまり興味がなく、先を読みたいともあまり思わなかったのがこの作品に対する気持ちだと思う。
あとスタイリッシュに感じてしまった「24Piaces」。個人的にはもっとも苦手なタイプの文章だった。ともすれば意味もないような、ただ「かっこよく」感じさせるためだけの文章のような、映画で言うと「リアリティバイツ」でリレイナが作った映像を恋人のマイケルがとんでもない映像にしてしまった時のあの映像のような、おしゃれでキレイなのだけどなんの意味もないような、そんな気分にさせられてしまった。もしあの文章をリリカルなものと感じることができていればもっと話は別だったのかもしれないけれど、どうしても拒否反応のほうが先に出てしまい、どこからその嫌悪がでているのかを深くは追求していない。
とはいえ、軽く気分よく、時には時間を忘れて読むことができた短編集だということは間違いない。それに、いいなと思える話もあったのでもっと他の吉田修一の短編も読んでみようと思った。できればもっと深く重いものがあればいいのだけれど。

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