どこかで読んだか観たかしたような話 - 太陽は動かないの感想

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太陽は動かない

1.501.50
文章力
2.00
ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
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感想数
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どこかで読んだか観たかしたような話

1.51.5
文章力
2.0
ストーリー
1.5
キャラクター
1.5
設定
1.0
演出
1.0

目次

壮大な設定の始まり方ではあるが

冒頭からめまぐるしく展開し、そのスピードに乗せられて勢いよく読んでしまう。NHKという実在のグループを出す以上、そういったこと(似たことにしても)あったのかとも思い、そしてそこから広がる話は映像的でスピード感があり、どんどん物語に引っ張り込まれていく。この作品は簡単にいうと産業スパイものになるのだと思う。物語で書かれている様々な設定が、映画でいえば「ミッション・インポシブル」とか「ナイト・アンド・デイ」とかそういう作品を髣髴とさせるところがある。かといって主人公である鷹野がトム・クルーズかといえばちょっと違う。そのあたりの違和感がこの作品の評価にもなるので、そういったことをゆっくり書いていきたいと思う。
物語のはじめの舞台はベトナムでそこで、様々な人物が登場してくる。それらは全て脇役でなく、後々まででてくる主要人物である。それらがはじめに皆出てき過ぎな印象もある。謎の日本人女性AYAKOや、アンディ黄、ディビッドキム、ウイグル族のシャマル、面白そうな人物が続々と出てくるのだけど、いかんせん人数が多すぎるような気さえする。皆個性が強いので誰だったっけ?ということはないのだけど、この作品に関しては主要人物が多すぎて、あまりにも皆が軽く書かれすぎているように思う。主人公の鷹野でさえ、行動と態度がリンクせず(殴られた田岡の写真を見せられて声を上げそうになるような弱さとか)、少しその人格を想像しにくい。その違和感は結局この物語の最後まで払拭されることはない。
始めのほうにでてきた田岡の夜の過ごし方もそれはそれでいいのだけど、物語の内容にはほとんど関係がない。刹那的に生きているイメージなのかなんなのか、ああいう男である必要性が感じられないため、ちょっと首をかしげた場面でもある。
あまりにも人物の描写が浅いのでちょっと調べてみたら、「森は知っている」というものも2作目にあたるものらしい。それを読んでいないと人物イメージがわきにくいのかもしれない。
とはいえ、展開が早いので細かいことは気にせずどんどん読み進めていったのは確かだ。

鷹野と田岡が所属する組織、そして胸の爆弾

スパイ組織として裏切ったらそれはすなわち死を意味することになるのは必定だろう。にしても胸に爆弾を埋めているという設定はあまりにも陳腐ではないか。「ミッション・インポシブル」では確か敵に爆弾を埋め込まれていたと思うけど(あの死に方は結構リアルでトラウマものだった)、ここでは組織に忠誠を誓うためのもの。24時間以内に連絡がとれなければ爆死という設定はわかりやすいけど、ちょっと安いのではないかなと思った。また田岡が見た、爆死した渕上の描写がちょっとしつこい。読み手としてはそれほど衝撃を受けないものだったから余計、まだ言うか?というような印象を受けた。
鷹野と田岡の関係もよくわからない。兄弟のような感傷はなさそうなわりに、お互い必死に助けようとしたり。そもそも前述したように鷹野のキャラクターがいまいちつかみにくい。クールで冷酷で仕事をこなすというイメージにもっていこうとしているのかもしれないけど、所々に垣間見える甘さが余計わかりにくくさせている。そういう意味では田岡のほうがイメージはしやすい。軽くて話がうまく、周りに溶け込むのを得意としているような感じはうまくできていると思う。でも鷹野に助けられ「なぜ俺を助けたのか!」といきなり絶叫した背景がわからないので、なんで?という気にはなる。なんとなく想像はできても、どうしても「いきなりキレた感」が拭い去れない。
こういった違和感のすべては登場人物の描写の浅さに起因すると思う(こういったことももしかしたら前作「森は知っている」を読んでいれば疑問にわかないところかもしれない)。

読み進めていくにつれ気付く、設定とセリフの安さ

シリアスなのかクールなのかよくわからない鷹野に対して、ディビッドキムは一貫してニヒルなイメージでわかりやすい。AYAKOと協力して奈々を落としたところも、その奈々に対して計画以上の気持ちを持ち始めてしまいそうな状況もわかりやすい。でもいかんせん、どうしてもセリフやら設定やらが陳腐すぎて内容に没頭できない。韓流ドラマじゃないんだからと突っ込んでしまったのも一度や二度でない。キムに落とされたけれどスパイであるということを既に知らされている奈々は、どこまでわかっているのかどうかわからないけれど、カフェでAYAKOに絶叫する場面がある。あのセリフはいいところなのかもしれないが、恥ずかしすぎるものだった。真実なのかもしれないけど、なにか昼ドラのような安さがあり、本ではあるけれど正視できないものだった。そのセリフは布石として後で使われるのかもしれないと思うくらい安すぎて印象的だったのだけど、それはそれだけだったので、実際ただの安いセリフだったようだ。こういうセリフがもうひとつある。7歳の息子をなくした河上夫妻が船便で帰ってきた鷹野を見て言ったセリフだ。あのセリフのせいで、この小説が安い感動を恥ずかしげもなく描く小説だということが分かった。あのセリフを読んで以降、本の評価がどうしても下がってしまったことは言うまでもない。
感動というのは当然人それぞれ感じるポイントは違う。もちろん今言ったところで涙が出てしまったという人もいるかもしれない。でも私はどうしても感情を操作しようと感じさせる文章はもちろん、映画でいうと映像や余計な音楽も効果音もマイナスでしかない。呼びこみをしている居酒屋がおいしいはずがないように、自信がないのかと思ってしまう。
この本にはそのような軽く安い(と連呼するようだけど、他に表現が見つからない)セリフや描写があるので、勢いがあるから読んでいたものの段々そのスピードは失速していった。

AYAKOの謎

日本人で絶世の美女で誰もが振り返る彼女だけど、もうひとつ想像がしにくい。彼女自身の目から見た心の描写があまりにも少ないからのようにも思う。「疲れたから高級なリネンにくるまって眠りたい」とか、疲れていたら誰でもそうだと思うし、なにかしらそこに本物を感じることができないからだ。金銭的に不自由しておらず優雅で世界を渡り歩きおまけに美人という、いわば「おいしい」役回りなのに、その背景や描写が少なすぎる。たとえば村上春樹の描くお金持ちの美人なら、それは長編小説ならもちろん、中編であっても短編であってもしっかり想像できる。でもこのAYAKOに関してはそれが想像しにくかった。それは恐らく人物描写が浅いというよりは、もしかしたらその登場人物の性格にブレがあるからかもしれない。画期的な発明であるソーラーパネルを手にし世界に食い込んでいこうとする女性が、なにかしら綺麗なだけのような女性に感じるもの足りなさがそうさせるのかもしれない。どちらにせよ、もったいない役回りの登場人物だと思う。でもどうして「あやこ」でなく「AYAKO」なのか。奈々が一度だけ「あやこ」と呼んだことは何か意味があるのか。何にせよ、あまり深く書き込まれている印象を持たない本なので、意味はないのかもしれない。

ラストに向けて

とはいえ、様々な企業が骨肉を争う様は読んでいて読み応えのある部分もあった。青木に関して言うと、うまく騙されたとも思う。でもどうしても色々な映画の寄せ集めというか、そういう域を超えない印象がある。
小さい町の若者が発明した画期的なソーラーパネルも「ナイト・アンド・デイ」の高校生が発明した電池みたいな話だったし(あの男の子が拉致されたところも似ている)、頓挫したNHKの計画から行方不明になったプール金を元にスパイ軍団を作ったという話も(それも虐待された子供たちを集めて。ここで描写される虐待された子供の話は実際大阪かどこかであった話だろう。そういうものをリアルに描くなら他をリアルに描いて欲しいと思うくらいだった)、なにかどこかで読んだか観たかしたような話だった。
最後まで読んだけど、読後感はあまりよくなかった。内容の後味が悪いというのではなく(そういうものはむしろ好みだ)、もうちょっといいものが読みたいなという気持ちになった。
それにしてもこの作品は、吉田修一にしては、書き込みが足らないのではないかと思わせる作品だったように思う。

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