とるに”たる”ものもの
エッセイとその作家
これまでエッセイというものにはあまり興味がなかった。「とるにたらないものもの」の著者である江國香織も言っていた。「作品からその人の人となりや性格を憶測したり詮索するなんてナンセンス」だと。それは私も大いに賛成で、作られたフィクションの話を読んでいく中で、その表現の仕方やその人が体験しなければ書けなかったであろう心象の描写があるところを見つけては、その作家のパーソナリティを想像してみる。要はその物語の登場人物や状況ではなくて、その著者個人の頭の中を通じて作品を愉しむという読み方だ。これは全く持ってナンセンスだと思うし、むしろフィクションを読む上での醍醐味を台無しにしているとさえ思う。その延長線上で、作家のエッセイというものも私は好きではなかった。作家のパーソナリティが明らかになればなるほど、フィクションに対する感情移入はしづらくなる気がするし、ある意味で”冷め”てしまうのだ。だが、私のその見立て自体が間違っていたと、この作品を読んで思った。
エッセイだからと言って、それがただ作家の生活感を文章にするだけのものではない。同じ風景、同じ状況を切り取ったとしても、文章や表現から個性が滲み出る。まさにそれを感じることができ、愉しむことが出来るのがこの作品だ。「箒とちり取り」のことをただ書いているだけでも、そこには江國香織の甘さや優雅さや無邪気さが出ている。それは個人的なことを詮索するということとは全く別に、表現の個性が愉しめるのだ。そんな風にこの作品に、私のエッセイに対する考え方は変えられた。
江國香織でなければ気がつかないもの
「とるにたらないものもの」とうタイトルもすごく安らかで好きだ。とるにたらないものものであるが、江國香織はそれらをピックアップした。結果的にとるに”たる”ものものだったという逆説的な表現だ。すべて読み終わった後でも、選ばれた彼らのことがいとおしく思える。「輪ゴム」という生活感あふれるものでも江國香織にかかれば、切なさとか愛らしさとかそういったものが感じられる。彼女は以前「東京タワー」に関するインタビューで、「これという一瞬を切り取るのが好き」というようなことを言っていた。この作品を見るとそのことがよくわかる。どんな小さなことやものでも、その物が持つキャラクターやたたずまいを一瞬一瞬物語のように描写してくれる。そこで読者は初めて気が付く。「食器棚」にはこんな表情があったんだな、とか。「塩」と改めて向き合えたりとか。それから自分の部屋にある沢山のものたちを見て、それらが少し愛らしく感じられたりもするのだけれど、それ以上多くは語ってくれない。彼女にいちいち解説してもらわなければ。
大人っぽさと子供っぽさ
彼女を見ていると、すごく子供っぽくて頼りないような一面を見せることもあれば、誰よりも本質を見抜いていて良いものだけを周りに置いているような大人っぽさも感じる。その二つは両極端だ。彼女のエッセイを読んでいると、ふと大人っぽさとは何かと考えてしまう。私個人的には、大人か子供か、という議論はあまり好きではない。「もう大人なんだから」という言葉も何だか意味が分からない。人はみんな小さいころの経験をもとにして成長していくし、いつまでも未熟で不安を抱えているのだから、本質的には誰だって変わらないと思っている。でもいわゆる「もう大人なんだから」の大人の能力を「大人力」として定義するとしたら、大人駅や町なんかでぶらぶらしているとき、古い友人と突然再開して、驚きつつもその短いやり取りの中でも気の利いた会話ができたり、ちゃんと会話を完結させてから別れている人なんかを見ると、あの人たちは大人だな、と思うことがある。そんな風に、私の定義する「大人」とはスマートだったり、何か社会的にポイントが押さえられているような人たちのことだったりする。でも彼女から感じる「大人」はまた少し違う。もっと上品で、情熱的で、優雅だ。自分よりもずいぶん手の届かないところで、世界を愉しんでいる気がする。
ただ彼女はもう一方で、同じくらい子供っぽい。基本的に少女なのだ。幼い、とは少し違う。無邪気で素直で隙がある。なぜだろうか。彼女が煙草を吸っているということを知った時も、はじめは少し意外で驚いたが、やはり納得できる気がするし、彼女が煙草を吸っているところを想像したときにそれは大人っぽくも子供っぽくも感じる。きっと彼女が都会の雑踏の中で一人で立っているのを見かけたら、なんだか頼りなくて、駆け寄って「大丈夫ですか?」と声を掛けたくなるかもしれない。それでもきっと彼女は言うと思う。「あなたの力なんて借りなくても平気よ。」そう言ってタクシーでも捕まえて青山でも六本木でもどこかに行ってしまうのではないか。そんな感じがする。
ある種つかみどころがないということかもしれない。こんなことを本人に言えば、「なぜ私のことをつかもうとするの?」と言われてしまうかもしれないけど、この本を読んでいればそんな気にもなる。一度でいいから彼女の目でいろんなものを見たり、愉しんだりしてみたいと。そういう気持ちにさせてくれる本だ。
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